『少年の夏』

目黒それでは『少年の夏』です。1987年7月に徳間書店から出て、1991年10月に新潮文庫に入っています。たしか単行本はA5の横開きじゃなかった?

椎名そうだ。本の雑誌から出した『海を見にいく』と同じだ。

目黒写真と文章を組み合わせた本だけど、これはいい本だねえ。実際には野田知佑さんと佐藤秀明さんと椎名、それに少年岳とその友人2人、つまり大人3人に子供3人の計6人で、カヌーに乗って川を下る旅をするんだけど、この本の中では佐藤さんと椎名が気配を消している。だから、野田さんと少年3人の旅になっている。あっ、犬のガクもいるか。しかも野田さんの名前は出てこない。「男は」という書き方をしている。岳もガクも名前は出てこない。「少年」「犬」としか出てこない。まあ、見る人が見れば、野田さんだな岳だなとはわかるんだけど、この趣向が効いているね。最初から本を作るつもりで川を下ったの?

椎名いや、いつものように大人3人でカヌー旅をするつもりで、そこに子供たちも今度は乗せてやろうかと。で、佐藤さんが撮った写真を見ているうちに、何か書きたくなったんだ。これ、本にしていい?って佐藤さんに言ってさ、写真をずらずら並べて物語を書いていった。

目黒ということは、写真が先で文章があとなんだ。それも『海を見にいく』と同じだね。これ、野田さんの名前や岳の名前を出していたら、そして椎名や佐藤さんも表面に出てきていたら、はたして三十年の風雪に耐えたかどうかわからない。ただの行動録になってしまうからね。名前を消して、椎名たちの気配を消して、ある種の匿名の旅にしたことが成功の大きな要因だと思う。つまり特殊な人たちの旅ではなく、どこにでもあるような川下りの旅になっている。そういう普遍的な旅の物語にしたことがいいよね。

椎名紙芝居を書いたつもりだったんだ。

目黒これは小説ですよ。ずっと以前に、少年たちが川をくだっていく冒険を描いたことがあったよねたしか。再読してないからわからないけど、おれの記憶では無残に失敗していた(笑)。そういう小説があったよね? あれに比べれば、こちらは傑作。たった一度の夏を見事に切り取っている。岳が小学生の5年か6年ごろかな。「仲のよい少年たちが一緒に過ごす最後の夏休み」と書いてあるから小学6年生か。

椎名そうだな。

目黒だから幼いんだけど、その幼い3人の少年と野田さんが、テント張ってキャンプしながら川を下っていく旅の様子がありありと浮かんでくる。焚き火にあたりながら野田さんがハーモニカを吹いて、それを少年たちが聞いていて、その横に犬が寝そべっている。あるいは真剣な表情で少年たちがカヌーに乗っていて、その向こうを犬ガクを乗せた野田さんのカヌーが進んでいく。そういう光景が次々に浮かんでくる。

椎名佐藤さんの写真がいいんだよなあ。

目黒そうだね。その旅では特別なことは何も起きない。危険なこともないし、思わぬアクシデントもない。ただ淡々と川を下っていくだけなんだけど、だからこそ、夏休みの思い出として強い印象を残している。ホントにいい本だなあ。

椎名珍しいな、お前がそんなに褒めてくれるなんて(笑)。

目黒でもね、増刊号の「自著を語る」で、これは『ネックレス・アイランド』の路線を継承したものです、と椎名は語っている。これは何なの? 全然違うでしょ、あれとは。『ネックレス・アイランド』は写真を前にして椎名と中村征夫さんが対談したもので、この『少年の夏』は写真に文章をつけたもの。だから似ているのは、最初に写真があったということだけだよ。あとは全然違う。

椎名そうか。

目黒あの『ネックレス・アイランド』は幾つか問題点はあったけど、全体的には椎名が増刊号で語るほど悪い本ではないと思う。だから『少年の夏』との違いは本のレベルの違いではなくて、ジャンルの違いなんだ。両方ともに写文集だから同じジャンルと思ってしまいそうだけど、全然違う本だよね。

椎名写真と文章を組み合わせるということでは同じだけど、意味的には異なるということか。

目黒『ネックレス・アイランド』は写真を媒介にした中村さんとの対談集だよ。それに対してこの『少年の夏』は佐藤さんの写真を使って椎名が物語を作ったもの。全然違うでしょ。対談と物語だぜ、天と地ほど違うよ。

椎名はい、訂正します(笑)。

旅する文学館 ホームへ