『極北の狩人』

目黒次は『極北の狩人』です。これは小説現代の2005年10月号〜12月号、2006年2月号〜4月号に連載したもので、2006年6月に講談社から本になって、2009年6月に講談社文庫と。これは驚いたなあ。単行本にDVDが付いている。こういう本、椎名は初めてだよね。

椎名もちろんこれが初めてだよ。

目黒宮城県のKHB(東日本放送)が開局三〇周年記念に製作した「チュコト半島のユビックの村を訪ねる旅」がDVDになって本に付いている。文庫本には付いてないので、これは単行本だけの特典です。シベリア側から北極圏に行く記録だけど、単行本の本文のほうは、その記録以外に、カナダとアラスカから北極圏にいく記録が収録されている。こちらの二つはKHBとは別のテレビ番組?

椎名同じ年に、三つの国から北極圏に接近するテレビ番組にそれぞれ出演したんだ。

目黒そんな偶然があるのかねえ。

椎名あったんだよ。

目黒だから本には「アラスカ、カナダ、ロシアの北極圏をいく」という副題が付いている。これは初めて知ることが多くて面白かった。エスキモーはアルコールが禁止されているので外国人を見ると近寄ってきて、酒ないかと声をかけてくるとかね。外国人は蒸留酒一本、ビール1ダースを持ち込めるから。あ、そうか。この本の冒頭で、エスキモーは差別語ではないと椎名が書いてることにもまず触れておこうか。

椎名日本のマスコミでは、エスキモーは「生肉を食う人々」という意味があるから差別語だ、と禁句にするケースが多いけど、現地に行くと当の人々が自分たちを「エスキモー」と呼んでいるんだ。自分たちは本当に生の肉が好きであるし、そのとおりなのだからいいではないか、というわけだ。

目黒アラスカなどはユピック系の北方民族のエリアもあるので、むしろ「イヌイット」と呼ばれるほうが差別語となるようだ、とも書いているね。

椎名正しく言うならば、三つのエリアともに「極北民族」だよ。同一エリアとしてとらえたほうがいい。

目黒エスキモーにはでぶが多い、というのは面白かった。いや、面白いと言っちゃいけないんだろうけど。

椎名森林限界を過ぎた極北では植物がないからビタミンは生の肉で取るしかない。だから健康だったんだ。彼らはよく働くし。ところがアメリカやカナダの資本は、人が五〇〇人いれば商売になるとスーパーマーケットをどんどん作るんだな。するとそこには甘いものがたくさんあるから、ばかばか喰ったらすぐ太るだろ。日本が六〇年かけてつくったメタボ文化を一〇年で作っちまった。歩けないほど太った人が少なくない。

目黒そういう人たちは三輪バギーで移動する。

椎名機械と人が一体化したみたいになる。文明が我々の民族を壊しつつある、と向こうの人も言ってたよ。

目黒シベリアの蚊は音を立てて迫ってくるから防御しやすいが、カナダのツンドラ地帯の蚊は節度がなにもない、というのも面白かった。だって、「死んだほうがましだ」とか、「夏のツンドラ・キャンプに楽しいことは何もない」って言うんだぜ。おれからすれば、どうしてそんなところへ行くんだ、って気がするよ。絶対に行きたくない。

椎名お前は無理だな。

目黒あとね、これは昔の話だけど、アンカレッジにつくと1杯一〇〇〇円のうどんを食べるためにみんな走った、とでてくる。なんなのこれ? しかもたいしてうまくもないって言うんだ。

椎名いまはもっと奥地にいってもうどんを売っている店はあるけど、昔はアンカレッジが森林限界みたいな「うどん限界」だったのさ。だから、ここで喰わなくちゃと走ったんだ。

目黒それとね、シベリアのくだりに、チュクチ自治管区の知事として出てくるアブラモビッチについて「今のアブラモビッチが知事になってからはこの町の暮らしや経済が大きく改善されてきた」と現地の人の証言があり、そのアブラモビッチの総所得は一兆六一七〇億円で、ロシアの長者番付のトップ。「どうしてそんなにお金持ちなのかその理由を知りたくなったが、ニナおばさんのマシンガントークの前に質問するタイミングもその余地を見つからなかった」というんだけど、アブラモビッチはロシアの石油王で、2003年にチャルシーのオーナーになっている。サッカーに詳しくないおれでも知っているんだから、ここは編集者にチェックしてほしかった。

椎名えーん、石油王なのか。

目黒細かなことももう一つ。単行本の242ページにアザラシの写真が載っていて、そこに「海面に顔を出したところをイゴリさんの散弾銃で仕留められたアザラシ」というキャプションが付いている。

椎名それがどうかしたのか。

目黒その写真が文庫本の254ページにも載っているんだけど、文庫は単行本よりも横幅が狭いから、写真のキャプションが一行に納まらない。だから適当なところで改行すればいいのに、なんと二行目には「シ」の一文字だけ。これ、ヘンだよな。

椎名ホントだ、ヘンだなあ(笑)。

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