『真昼の星 熱中大陸紀行』

目黒次は『真昼の星』ですね。文芸ポストに連載したもので、2005年12月に小学館から出て、2008年6月に小学館文庫に入っています。「自著を語る」から作者の言葉を引いておきましょう。

パタゴニア、アマゾン、チベットという世界の三大秘境ともいっていいような場所への旅をまとめたものだ。パタゴニアについては何度も行っているので、この本以外にももっと長いものを書いているが、アマゾンとチベットについてはこの本が初出である。この三カ所で共通している現象である「真昼でも場所と時間によって星が見える」ということをそのまま題名にした。

「第一章 氷河の牙へ--パタゴニア追想紀行/第二章 奥アマゾンの水没ジャングルを行く/第三章 チベット偽者巡礼旅」という三部構成だね。面白かったのは、パタゴニアのプンタアレナスのホテル・モンテカルロの女主人が「うちに日本人がたくさんくるのは日本の誰かがうちのことを書いたかららしいのよ」と言って、『地球の歩き方 アルゼンチン・チリ編』を取り出した。そこに書いてあったのは「椎名誠氏の著書に出てきたからか日本人の宿泊客の多いところ。設備はかなり古いが、掃除は行き届いている」との文で、思わず、おれだよおれ、と言いたくなったと椎名が書いている。でもぐっと我慢したって(笑)。このあたりが面白かった。

椎名(笑)。

目黒中国やチベットの結婚式の光景も面白かった。体育館のような広い会場に麻雀卓を二百用意して、八百人の客はひたすら打ち続ける。新郎新婦とその家族は、飲み物、食べ物を用意して客の世話をするだけ。それが三日連続だからすごい。昔は一週間も続いたというから、これでも簡略化している。つまり、新郎新婦の挨拶は何もなし。

椎名すごいよな。

目黒これは他の国はどう?

椎名香港もそうだった。これは会場を見せてもらったんだ。そうしたら、披露宴らしき会場はあるんだけど、つまりテーブルが並んでいたりするんだけど、奥にはずらっと麻雀卓が並んでいた。

目黒折衷方式かな。

椎名そうかもしれないな。

目黒もう四十年近く前に秋田の結婚式に行ったことがあってさ。やたらに長いんだよ。結婚式場の披露宴が。普通、東京なら二〜三時間だろ。それが五時間くらいやるの。あんまり長いんで式場の人に聞きにいった。これ、何時までやることなっていますかって。

椎名それは市内の結婚式場なのか?

目黒そうそう。そうしたら式場の人が、これでも短くなったんですよって。昔は自宅で三日間くらいやってたって。

椎名ほお。

目黒二十年くらい前に鹿児島の結婚式に出たことがあるけど、それも市内の式場での披露宴だったけど、親戚一同の演芸大会なんだね。そのときは終わりの時間が決まってたんで、親戚のおじさんの出演がカットされてね、そのおじさん、ずっと愚痴ってたもの(笑)。これを楽しみにしていたのに、なんということだって(笑)。だから日本も昔は、新郎新婦の門出を祝う気持ちももちろんあったんだろうけど、親戚とか周囲の人たちの盛大なお祭りだったんだと思う。

椎名そのお祭りが中国やチベットでは、たまたま麻雀になっているだけかもしれないなあ。考えてみれば、日本の結婚式場でベルトコンベアーみたいにシステム化された結婚式よりはいいかもな。

目黒最後に、第三章の「チベット偽者巡礼旅」というタイトルについて触れておきたいんだけど、このチベットの章は読みごたえがある。トラックに多くの人が乗って聖地カイラスに向かう光景もすごいんだけど、なんといっても「五体投地拝礼」だよね。地を這うように平伏して進んでいく光景がすごい。「見ているだけでたじたじとなってあとずさるような気持ち」と椎名は書いているけど、こういうふうに祈る人たちがいるという事実に圧倒される。その何年もかかるカイラス巡礼に比べると、四輪駆動車に乗って移動する自分たちは偽者の巡礼だという意味がこのタイトルにはこめられている。文章もすごくいいし、この章を読むだけでもこの本は意味があると思う。

旅する文学館 ホームへ