『秘密のミャンマー』

目黒ええと、次は『秘密のミャンマー』です。小学館の「本の窓」の2002年1月号から2003年6月号まで連載し、2003年10月に小学館から単行本になって、2006年10月に小学館文庫と。まず、「自著を語る」から引きましょう。

ぼくがモノカキになったばかりの頃に出会った編集者は、その後もかなり長く付き合っている人が大勢いるが、そのうちのひとり、小学館の高橋攻さんがもうじき定年を迎えることになった。高橋さんとは何冊もの本を作ったが、その最後の一冊をまたやりましょう、ということになり、当時、アウンサンスーチーさんと「ビルマの竪琴」ぐらいしか知識がなかったミャンマーに潜入することになった。一カ月足らずの旅だったが、ほとんど知識のない場所をその日暮らしのようにして旅していくのでなかなか刺激に満ちて痛快だった。この少し前にアメリカの同時多発テロ9・11が起きていたわけだが、驚いたことにミャンマーの国民はそのことをだれも知らなかった。軍事国家の情報統制の恐ろしさを身をもって知ったという驚きをこの本の中でも最初に書いている。

ええと、4人旅ですね。「本の窓」の編集長になったP高橋と、編集者の阿部ちゃん、写真家の山本皓一さん、そして椎名の4人旅。これもあまり話がありません(笑)。気心の知れた知り合いとの旅だから実際には楽しい旅だったろうけど、読み物として読むと、4人である必然性がない。初めての国訪問記だから、目に映るさまざまなことを書くのに追われて、旅の仲間のことを書く余裕がない。せっかく4人で行っているんだから、それぞれの特徴とか失敗譚をおもしろおかしく書けば盛り上がるのに、その方向性がここにはない。だったら一人旅でいいよね。

椎名なるほどな。

目黒ミャンマー料理は油が多いのであまり辛くないって出てくるんだけど、代表的朝食のモヒンガー(茹でたビーフンにじっくり骨ごと煮込んだナマズのスープをかけたもの)というのは、美味しいの?

椎名美味しいとは言えない。

目黒ミャンマーの麺料理も出てくるぜ。それはどう?

椎名スープが甘いんだ。それに麺もビーフンだし。やっぱりミャンマーといえば、食い物よりもタナカだよな。

目黒ミャンマーの女性が頬を中心としてつける日焼け止めね。タナカという木があるんだね。それを砥石のような石の上で水と一緒にワサビのように木質をおろし、それを顔に塗りつける。その習慣は十世紀頃から始まっているんだって。インドが発祥地でそれがミャンマーまで伝わって、インドですたれたあともミャンマーには残っていると。

椎名それがこの本に書かれているの?

目黒あなたが書いたんですよ(笑)。いい本だよ(笑)。

椎名思い出した。

目黒なに?

椎名現地の人と浮き玉野球をやったんだよ。

目黒ほお。

椎名ところがルールを説明するのが難しいんだ。野球を知らない人間に、浮き玉野球の独特のルールを説明するんだからね、しかも通訳をとおしてだから。

目黒ミャンマーにスポーツはないの?

椎名あるよ、セパタクロー。

目黒なにそれ?

椎名格闘球技。

目黒どうやって闘うの?

椎名ネットがあって3対3で闘う。竹で出来たボールを蹴り会って相手陣地に入れるっていうんだから、バレーボールとかバトミントンみたいなもんだな。道具も使わず手を使わず、竹のボールを足で蹴って闘う。ほら、あのときは手を使ってもいい。

目黒なに? シュート?

椎名それは足でやんなくちゃだめ。最初のやつだよ。

目黒サーブ?

椎名そうそれ。それだけは手でやってもいい。で、観客は賭けるからすごいよ応援が。オリンピック競技に入れるべきだね(笑)。

目黒その話、書いてないよ。そんな面白そうな話をどうして書かないの?

椎名たったいま、思い出した(笑)。

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