『むはのむは固め』

目黒それでは『むはのむは固め』です。本の雑誌に書いたエッセイだね。1997年4月に本の雑誌社から出て、2004年6月に角川文庫に入ったときに、『くねくね文字の行方』に改題したんだけど、この改題はよくない。この「むは」シリーズはこれまでも角川文庫に入るときに全部改題してきて、違うか、最初の2冊はそのままだ。『むははは日記』と『むはの断面図』は改題せず、そのあと改題するようになってこれが3冊目。その改題1発目の『ばかおとっつあんにはなりたくない』は素晴らしかったけど、よかったのはそれだけ。前回の『やっとこなあのぞんぞろり』もよくないよね。今回はよくないシリーズの2発目だ。何なのよ、くねくね文字の行方って。やっとこなあのぞんぞろり、も意味わからなかったけど(笑)。

椎名これ、もともとのタイトルもよくないんじゃないかなあ(笑)。

目黒そうだねえ。むはのむは固めって何なの?

椎名お前が作った本だぞ(笑)。

目黒わけわかんないタイトルだよねえ。中身は椎名の行動録エッセイで、山形林間学校に行ったり、映画「白い馬」を撮ったり、本の雑誌20周年記念で京都、札幌、名古屋、福岡の四都市で公開座談会をやったり、相変わらず忙しい日々を送っている。だいたい1995年から1996年にかけてだね。で、何から聞いていこうか。そうだ、この本の冒頭に、シルヴァーバーグの『夜の翼』をモンゴルで読むくだりが出てくるんだよ。「三十年たっても話の筋道は覚えていたが、こまかいディテールはまるっきり忘れていたから再び素晴らしく感動した」って言うんだよ。読みたい新刊がたくさんあるっていうのに、どうして以前に読んだ本をまた読むの? 仕事ならわかるけど、そうではないでしょ?

椎名保険なんだよ。長い旅に新しい本を持っていって、もし外れたら困るだろ。だから、安心できる本を持っていきたい。

目黒なるほど、それで持っていった本を読んだわけだ。それとですね、おやっと思ったのは、サラリーマン時代に新橋の酒場で四十代の冴えないおとっつあんが「ヒトの考えていることがわかる」と椎名の考えていることをずばずば的中するという話が出てくる。「気持ちを静めて集中させるとわかる」とそのおとっつあんは言うんだな。そこで、酒場の隅にいる男の考えていることを読んでくれと頼んだら、そのうちに荒い息を吐き出して、あわてて酒場を出ていっちゃうの。これ、実話?

椎名覚えていないんだよ。創作じゃないかなあ。

目黒これ、小説みたいな話だよね。まるごと短編に出来るぜ。創作ならエッセイに書かずに短編小説にすればよかったのに。

椎名才能があふれていたんだなあ(笑)。

目黒じゃあ、そういうことにしておきましょう(笑)。ええと、車の中で大月みやこを聞いていくというくだりがあるんだけど、椎名は演歌が好きなの?

椎名好きだよ。通信販売で演歌大全集を買って、車の中でよく聞いていた。

目黒ふーん。あとね、「風の谷のナウシカ」(徳間書店)が完結したので7巻までまた揃えて買って読んだという話が出てくるんだけど、これはマンガ?

椎名うん。その後、大判の3巻本をまた買って、いまは孫が読んでる。

目黒宮崎駿のファンなの?

椎名いや、それはSFだからね。

目黒あ、そうか。SFへの興味なのか。

椎名面白いぜ。

目黒あとね、自分の本のタイトルでいちばん気にいっているのは『長く素晴らしく憂鬱な一日』であると。

椎名あの小説は中身に関してはかなり批判されたんだけど。

目黒おれも批判したなあ(笑)。

椎名でもタイトルは好きなんだ。

目黒この本は1997年春に出ているから、1996年ごろまでの椎名本が対象になっている。でもそれから18年たっているから、その後椎名もたくさんの本をだしているよね。そういう本を足しても、『長く素晴らしく憂鬱な一日』がベスト1?

椎名そうじゃないなあ。

目黒じゃあ、いまの時点のベスト1は何?

椎名急に言われてもなあ(笑)。

目黒それと、これは前にも言ったんだけど、角川文庫の解説を沢田康彦が書いている。ホント、沢田の解説が多いよね。困ると沢田に頼んでない?

椎名SF以外はそういうケースがあるかもしれない。

目黒しかもあいつ、結構うまいから。そこそこのものはあげてくる。

椎名そうなんだ。

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