『街角で笑う犬』

目黒次は写真集『街角で笑う犬』。1990年6月に朝日新聞社から刊行されて、平成9年10月に新潮文庫に収録と。『風の国へ』と『駱駝狩り』は文庫にするときに合本にしたけれど、こちらは一冊の写真集をそのまま文庫にしている。前のことを考えれば、一冊分しかないわけだから、半分の厚さになるはずなのに、『風の国へ・駱駝狩り』と同じ厚さになっているのは、文庫にするときにこちらはかなり足している。

椎名そうだな。

目黒『風の国へ・駱駝狩り』が楼蘭とオーストラリアだったのに比べ、こちらは国内旅だね。北海道から沖縄まで、椎名が国内を旅したときに撮った写真にエッセイをつけている。あとがきを読むと、アサヒカメラでやっている連載の初期のものをまとめたものであると書いてある。

椎名そうかあ。てっきり、いきなり単行本にしたものだとばかり思っていた。

目黒違うようだよ。アサヒカメラの連載は、「旅の写真劇場」「旅の紙芝居」「シーナの写真日記」と3回タイトルが変わっていて──この連載はまだ続いているの?

椎名いまも続いているよ。

目黒その初期の、だからたぶん「旅の写真劇場」のころのものをまとめたものなんだ。あとがきにはそう書いてある(笑)。それを文庫にするときに、かなり写真とエッセイを足したと。

椎名そういうことだな。

目黒椎名の写真集にはいろいろなパターンがあって、いきなり書き下ろしとか、どこかに連載したものとか、写真が先にあってそこに文章をつけたとか、その本がそれぞれのパターンのどこに分類されるのか、はっきりわけないとわかりにくいね。

椎名ま、いいよ。

目黒この本が面白かったのは、たとえばいちばん最初は「島での五日間」という見出しになっているんだけど、港で幼い女の子が船が入ってくるのを待っている後ろ姿が映っている。とてもいいのは、この島がどこの島なのか、それが書いてないので、日本のどこの島にもありうる光景に見えてくる。

椎名これは西表島だな。

目黒そうか、やっぱり名前がないほうがいいな。あといいのが、これも島の名前はないんだけど、どこかの島に行ったとき、「この海では何が釣れるんだ?」と尋ねると、少年が「わからん。チューシロウに聞かなくてはわからん」と答えるの。それで次の日かな、「ウミダマって何だ?」と尋ねると、少年がまた「わからん。チューシロウに聞かなくてはわからん」と答えるんだよ。で、このエッセイの締めが「島にいる間チューシロウにはとうとう会えなかった」というの。いいよねこれ。小説的だよね。

椎名そうか。

目黒写真をずっと見ていくと、ガクが映っていたり、その向こうにリンさんがいたりして、なかなかいいんだけど、言ってしまえば他人にはどうってことないよね。椎名の個人的な旅の記録だから。それが味のあるエッセイがつくことで奥行きが生まれている。つまり旅の記録が小説に変貌しているんだ。それがおれには面白かった。

椎名その手法の集大成が『国境越え』だろうな。

目黒このインタビューをしているときの新刊だね。いまやっと1989年まできたところだから、2012年の本をやるまではまだ23年ある。だいぶ先の話だよ。そのときにまた言ってくれる?

椎名早くやってほしいな(笑)。

目黒文庫版のあとがきに「近く朝日新聞社から『いとしい人々』という題名で、やはり写真と文章のかなり分厚い本が出る予定である」と書いてあるんだけど、このあと椎名の著作目録を見ても、そのタイトルの本がないんだよ。これはタイトルが変わったの?

椎名それは『旅の紙芝居』のことだな。

目黒どうしてそんなことを確認したかというと、椎名はタイトル名人であるとこのインタビューで何度も言っているけど、実は企画段階から何度もタイトルが変わるケースも少なくない。いきなりいいタイトルがひらめくこともあるけれど、着地点にむかって何度か変更していくこともあるってことに、徐々に気がついてきた。その痕跡がこうやって時々残っているんで、あえて確認しておきました。

椎名なるほどね。

目黒それと同じあとがきに「個人的には記念碑的な作品と言えます」とあるんだけど、これはどういう意味?

椎名おれもわからないなあ。チューシロウに聞かなくてはわからん(笑)。

目黒いいねえそれ。

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