『酔眼装置のあるところ』

目黒ええと、次は『酔眼装置のあるところ』。1989年12月に本の雑誌社から刊行されて、ずいぶんたってから平成15年に角川文庫に入ったとき、『ばかおとっつあんにはなりたくない』と改題。これは素晴らしいタイトルだよねえ(笑)。また文庫のカバー写真がいい。ドラム缶の風呂に入っている口ひげ男がいて、こいつは手拭いを頭に蒔いて、気持ちよさそうに眼をつぶっている。その横に立っている男もどこかを見て笑っている。ドラム缶の中にいるのは当時山と渓谷社にいた三島で、横に立っているのは小学館にいたアベちゃんだよね。

椎名そうそう(笑)。

目黒それでこのタイトルだから、誰がみても、この二人が「ばかおとっつあん」に見える(笑)。さすがにこれはまずいと椎名も思ったんだろうね、文庫のあとがきに次のように書いている。

表紙の写真はぼくが撮ったもので、これは仲間のよっぱらいおとっつあんとどこかの河原でキャンプしているとき、当時ときどきやっていた河原のドラム缶風呂におとっつあんの一人がはいっているところである。写真とタイトルの組み合わせでいうと、この二人がばかおとっつあんのようになってしまうが、そういうわけではない。こんな写真を撮っている当方も含めて、まあおとっつあんのキャンプというのは当然集団でばかおとっつあん化していくものなのである。

と断っているんだけど、でもやっぱり、誰が見ても、この二人がばかおとっつあんに見えるよ(笑)。単行本の『酔眼装置のあるところ』は本の雑誌社から刊行したんで、あまり大声では言いにくいんですが、タイトルとしてそれほど気にいってはいなかった。代案がないからそれで刊行しちゃったけど、なんだかなあと思ってんだ。酔眼装置のあるところはつまり居酒屋だと椎名は言うんだけど、考えオチみたいなところがあるでしょ。それに比べれば、この『ばかおとっつあんにはなりたくない』のほうが遙にいいよね(笑)。最初からこのタイトルで単行本もいきたかったなあ。

椎名おれも気にいってるよ。

目黒この文庫の解説は沢田康彦で、椎名誠はタイトルがうまいという話をそこで書いていて、『時にはうどんのように』とか『シークがきた』とか、沢田が選んだ名タイトルをずらずら並べている。着眼点はいいんだけど、そこに『ロシアにおけるニタリノフの便座について』が入ってないのが残念だね。こないだ業界の人と話していて、椎名さんのタイトルはいいですねえという話になったとき、ベスト1として彼が選んだのが「ニタリノフ」だった。おれもベスト1だね。椎名のタイトルベスト3を選ぶなら、『ロシアにおけるニタリノフの便座について』と『ばかおとっつあんにはなりたくない』は確実にランクインすると思う。最後の1本を何にするかはまた激しい戦いになるだろうけどね。

椎名この本の中身についてまだ何も語ってないぜ(笑)。

目黒これは、本の雑誌の巻末に書いた「今月のお話」をまとめたものだけど、意外に面白い。

椎名意外かよ(笑)。

目黒当時の行動録が中心なんだけど、本の話が多いんだ。実によく本を読んでいる。このころは旅から旅の連続だから、その旅の途中で本を読むんだね。だから、単行本も文庫も、巻末に「この本の中で著者が読んだ本一覧」というリストを掲載している。つまりブックガイドにもなるという趣向なんだ。それが面白い。読んでいる本の大半は、自然科学関係か探検記かSFで、かなり偏っているけど。そうだ、単行本のあとがきに、「エッセイというかヨタ話というかバカセコ話というか、そういうものを集めた本を出すのは久しぶりだ。ここんところ小説を書くのが面白くて、そっちのほうばかりを書いていた」というんでびっくりした。

椎名何が?

目黒だって「小説を書くのが面白い」んだよ。真面目に小説家していたんだなあって。あとは本を読むときにカバー絵をかなり意識していることが興味深かった。たとえば、こういう記述がある。

表紙絵を見て、そのおどろおどろしいリアルさに思わず手に取り、そのまま買ってしまった記念すべき本に『終わりなき戦い』(ハヤカワ文庫)がある。ジョー・ホールドマンというぜんぜん知らない作家のものなのだが、どろどろの溶岩の海のようなところを機動戦士ガンダムのようなものが戦いながらすすんでくる。その上空に敵か味方かわからないが、あやしい宇宙船が一隻浮かんでいる、というシビレ構図なのだから、ウムとうなりつつ思わず買ってしまいました、というやつなのだ。

この本、読んだらどうだった? 面白かったの?

椎名覚えてないなあ。

旅する文学館 ホームへ