『風にころがる映画もあった』

目黒それでは次に、『風にころがる映画もあった』にいきます。これは「潮」に連載した「椎名誠の映画面白話」と、月刊プレイボーイに連載した「シーナ・マコトの血笑録」を「とある工夫」をこらして加筆修正したと単行本のあとがきにあるんだけど、この「とある工夫」ってなに? すごく気になるんだけど。

椎名覚えてないなあ。

目黒月刊プレイボーイは連載といっても3回だけなんで、その大半は「潮」に連載した「椎名誠の映画面白話」なんだ。

椎名ま、どっちみち、たいしたことないだろ?

目黒いや、これはなかなか面白かった。

椎名本当かよ。

目黒その「椎名誠の映画面白話」っていうのは、ようするに青春記なんだよ。映画にまつわることを中心に青春の日々を回顧するってもの。あったことを淡々と記述しただけのエッセイだけど、なかなか読ませる。たとえば、沢野が千葉に木工場を借りて、しばらくそこに通う話がここで描かれているんだけど、そのころ椎名は8ミリ映画に凝っていて、その二人の青春は『哀愁の町に霧が降るのだ』でも描かれてないんだよ。

椎名おお、そうか。

目黒沢野も椎名も、熱中するとしばらくそれだけに夢中になって邁進するだろ。その具体例がここにある。だって、あのころのあなたたちは普通のサラリーマンで、結婚していて、子供がいて、高給取りでもないでしょ? それなのに時間と金を使って熱中するんだよ。そういうヘンな人たちだなっていうのがよく伝わってくる。

椎名沢野は高い木工道具を買うし、おれは8ミリ撮影機を買うし。

目黒あのころの話って他に書いてないよね? もったいないな。それだけで一冊になるのにね。あっ、思い出した。

椎名なに?

目黒椎名が8ミリに凝っているころ、椎名んちで映写会が開かれたの。おれの記憶では正月で、新年会を兼ねていたような気がする。一橋学園の近くに住んでいたころ。オレ、2年続けて呼ばれたんだけど、8ミリ作品を5〜6本見せられるんだよ。それが全部終わらなければ、なにも食べられない(笑)。テーブルの上には御馳走が並んでいるのに、手を出すと椎名が怒るんだよ。映画に集中しろって(笑)。あのころの椎名は怖いから誰も逆らえない。

椎名お前もいたの?

目黒呼び出されたんですよ。踏み切りが全然開かないやつとか、あれはユーちゃん(椎名誠の弟で、怪しい探検隊の初期メンバーでもある)の作品だったような気がする。あとは通りを歩く人をビルの上から撮ったやつ。カラフルな傘がいくつも通りすぎていくのをただ撮るだけ。綺麗だなあって言ったら、これはたいしたことはないと椎名が言ったのを覚えてるよ。この本の中では、8ミリ同好会の映写会の話が書かれているんだけど、それとは別に、椎名が当時の仲間、怪しい探検隊のメンバーを集めて映写会をやったことがあるんだよ。

椎名新年会を兼ねて集めたのかなあ。

目黒おれが困ったのは、初年度はまだいいよ、初めて見る映画だから。だけど2年目はその大半が前年に見たやつなんだよ。でも椎名に何も言えず、黙って見たけど(笑)。

椎名そうかあ。

目黒そうだ。ひとつ質問があるんだ。この『風にころがる映画もあった』のあとがきで、流通業界紙の編集長の時代にNHKのドキュメンタリー番組のレポーターをやったことがあると椎名が書いている。渋谷公園通りの商店街と、原宿の商店街が客集めのおまつり合戦をやるというのでその狂乱ぶりを追うというドキュメンタリー番組で、そこにこうある。「取材は16ミリフィルムで行われた。撮影スタッフが持ってきたのはアリフレックス16というこのクラスのカメラでは最高の性能を誇る二〇〇万円くらいの高級機であった」と書いているんだ。

椎名それがどうかしたか?

目黒以前のインタビューで、そのときの撮影機はフランスのミニエクレールだと椎名は発言しているんだ。はたしてどっちが正しいのか? アリフレックスなのかミニエクレールなのか。

椎名それは、ミニエクレールが正しい。

目黒じゃあ、『風にころがる映画もあった』のあとがきは間違いなんだね?

椎名うん。

目黒困ったねえ。どうしてこんな間違いをしたのかなあ。

椎名両方とも欲しかったんだよ。アリフレックスもミニエクレールも。

目黒で、つい間違ってしまったと。

椎名あれだよ、いまは両方とも持ってるぜ。しかもミニじゃないよ。

目黒そういう自慢話はいらないから(笑)。

旅する文学館 ホームへ