『男たちの真剣面白話』

目黒えーっ、次は『男たちの真剣面白話』。椎名がホストになって各界の著名人を呼ぶという対談集ですね。クレジット会社のPR誌に連載したもので、実業之日本社から1983年2月に刊行。おそらく椎名の唯一の対談集だと思うけど、いきなり結論をいえば、椎名は対談に向いてない。

椎名面白くないか(笑)。

目黒いや、面白くないだけじゃない。ちょっといま読むと恥ずかしい。それは仕方がないんだよ。椎名は当時デビューしたばかりだからね。それなのにビッグネームを対談の相手に呼んでるわけ。すると、どうなるか。媚びているとまでは言わないけど、それに近いニュアンスの発言が頻繁に出てしまう。相手を必要以上に持ち上げるとかね。たぶん椎名には媚びるっていう意識はなかったかもしれないけど、そういう印象を与えてしまうんだ。それがいま読むと辛いなあ。

椎名全然覚えていないなあ。

目黒いくら売れっ子とはいえ、当時の椎名は新人だからね。それなのに、山下洋輔、東海林さだお、山藤章二、小林信彦と錚々たる相手と対談するんですよ。これはどうしても遠慮がちになる。

椎名そうか。

目黒先方はね、いま勢いのある若いやつが出てきたみたいだと。いったいどんなやつなのか、ちょっと覗きにいこうと。そういう余裕があるんですよ。ところが、ホストの椎名のほうには遠慮があるから、先方の話を聞くだけになって、で、椎名が発言すると、媚びた発言がそこに混入してしまう。まだ対等に話すだけの知識も体験も技術も椎名にはないから、仕方ないって言えばそれまでだけど。

椎名目黒の言う通りだな。おれは対談に向いてないよ。まず面倒くさい。相手のことをいろいろ調べなければならないだろ。それから話を面白くしなければいけない。

目黒そうだよね、対談は相手の話をいかに引き出すか、それを第一に考えなければならないよね。そういうのって椎名に向いてない。

椎名そうだなあ。おれ、対談っていうと憂鬱になってたよ。

目黒これ、クレジット会社のPR誌で連載したものが実業之日本社から出たんだけど、どうして実業之日本社から出たの? 知り合いがいたの?

椎名流通業界誌の編集者時代に、実業之日本社で仕事してたから、知り合いがまだいたんだ。

目黒このあとはあまり対談はやってない?

椎名ホストはやってないけど、先方からご指名がかかれば断れないからなあ。おれ、デビューした直後に開高健と対談したことがあるけど、何も喋れなかった。

目黒それ、どうしたの?

椎名編集者が、おれの発言を創作して、一応対談の恰好は作ってくれたけど。

目黒月刊プレイボーイあたり? 

椎名そう。

目黒そもそも対談向きじゃない人で、しかもデビュー直後なら開高健相手に何も喋れなくても仕方ないよ。

椎名植村直己さんとも対談したことがあるけど、あれも残ってないなあ。

目黒植村さんの対談集に収録されたってことない?

椎名それはあるかもしれない。

目黒いずれ、そういうものもきちんと調べて記録として残そうって事務所は計画しているみたいだよ。椎名の著作はもちろんだけど、椎名が相手の人の著作に入っている場合があるからね。

椎名対談は向いている人と向いてない人がはっきりしていると思う。博識家で社交家で語彙が豊富で、そして人間好き。これが向いている人の条件だな。

目黒いま現存している人で、対談MCのベスト1は阿川佐和子だろうね。

椎名そうだな。

目黒あの週刊文春の対談は絶妙だよ。この人を呼ぶのならこれを聞いてほしいと読者が思うことを、つまりちょっと聞きにくいことを、実にうまく聞いてくれる。

椎名あんな名手は男にもいないだろ。

目黒相撲の番付で言えば、一人横綱だよ。

椎名柴口さんのまとめもうまい。

目黒最強のコンビだね。

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