『ジョン万作の逃亡』その1

目黒それでは『ジョン万作の逃亡』にいきましょう。椎名誠の第一小説集です。この小説集の話の前に、こないだ貸してもらった「瑠璃」創刊号(昭和38年12月刊)に載った「突起」と、「結晶」第5号(昭和41年3月刊)に載った「JUMP A GOGO」を読んだんで、この話からいこうか。

椎名どうだった?

目黒「突起」は面白かったよ。山岳小説だよね。ロッククライミングの途中でハンマーを落として身動きが取れなくなって、危ないところを救出される。サスペンスたっぷりでなかなか読ませたよ。

椎名未発表のままでは惜しいかね(笑)。

目黒そこまでは(笑)。特殊な状況を設定して、それを描けばそれだけで読ませるというタイプの小説だからね。椎名が19歳のときの作品なんだけど、これが初めて書いた小説なの?

椎名どうだったかなあ。

目黒前のインタビューで、高校に入って沢野や上田凱陸君と知り合って文学に目覚めたと言っていたけど、一度も書いたことのない人が初めて書いた作品としてはうまいよ。ただ、「JUMP A GOGO」のほうはどうかなあ。これはおそらく椎名がデパートニューズ社に入る直前に書いた作品だと思うんだけど、まあ青春小説。

椎名オレが幾つのときに書いたの?

目黒22歳のときだね。これは私小説といっていい。司法試験の勉強をしている晋介君と「東京の東の端にある下町」で一緒に暮らしている、と出てくるからこれは明らかに克美荘だし、それと、「ぼくの学校は演劇部門の世話好きの社長か何かが、それまであった俳優養成所に付属として設けた戯曲文芸部門なので、養修生の年齢もまちまちだった」と出てくるんだけど、これも『哀愁の町』に登場する「脚本学校」と同じだよね。

椎名そうだな。

目黒『哀愁の町』に登場する「小野さん」もここに登場している。ただ、沢野は出てこないんだよ。その代わりに「手長足長」というあだ名を持つ男が登場する(笑)。これ、どう考えても沢野だよね。でも木村さんは実名の登場なのに、どうして沢野は実名じゃないんだろう?

椎名沢野は同じ高校だったからかなあ。

目黒なるほど、学校の機関誌には実名を出し辛かったと。

椎名そうじゃないかなあという推測だけどな。

目黒ただ、「突起」と比べるとこっちはちょっとひどい。途中からエッセイになっちゃうし、文明批評を始めちゃうし、さすがにこれではまずい思ったのか、「ぼくはモノガタリを一心不乱に書いたのではなくて、ぼくの母校、千葉市立高校を卒業した様々な人の様々な生き方の中で、一人の劣等生を書いたのです」と最後に断り書きを付けている。

椎名(笑)

目黒という前史はここまでにして、『ジョン万作の逃亡』にいきましょう。5編を収録した作品集で、いちばん古い作品は「ラジャナムダン・キック」。これは中央公論社から出ていた「海」の昭和55年6月号に載った作品だね。「突起」とか「JUMP A GOGO」とか、ほかにも高校の機関紙や同人誌に書いた作品があったと思うけど、それにデパートニューズに時々書いていた業界SFがあったか、そういう作品を除けば、商業誌に書いた作品としてはこれが椎名の第一作。もっとも『哀愁の町に霧が降るのだ』を小説として考えれば、「ラジャナムダン・キック」が第一作ではなくなるんだけど、ここではやはり「ラジャナムダン・キック」を椎名の小説第一作としておこう。

椎名村松さんに依頼されたんだ。

目黒角川文庫版の解説を村松友視さんが書いているんだけど、小説を依頼したいきさつが面白い。本の雑誌10号に載った例の「文藝春秋10月号四六四頁単独完全読破」を読んでがつんと衝撃をくらって小説の依頼をしたと書いているんだけど、あの「ドキュメント」を読んで小説を依頼するって発想がすごいと思ったな。編集のプロはやっぱり違うなと。

椎名村松さんには本の雑誌の原稿を依頼していたから、喫茶店で会ってテーブルの下で原稿を交換したりね。

目黒それも解説の中で村松さんが書いているよ。「海」にはその「ラジャナムダン・キック」ともう一作、「米屋の作ったビアガーデン」を書いているんだけど、これは私小説だね。『ジョン万作の逃亡』にはこの二編の他に、三編を収めているんだけどその三編はどれも「野性時代」に載ったもの。ええと、「悶絶のエビフライライス」と「ブンガク的工事現場」と「ジョン万作の逃亡」の三編だ。

椎名見城に「何か面白いもの書いてくださいよ」と頼まれたんだ。

目黒「野性時代」に書いたものはSF的な作品だから、作品集として考えると、ごちゃごちゃというか、座りが悪い。なんだかヘンな作品集という印象があるね。初版の帯に「SF・ロマン・怪奇・推理──小説のジャンルを超越した新しい異常小説の登場。椎名誠第一小説集」とあるけど、見城氏も惹句に困ったんじゃないかなあ。

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