『場外乱闘はこれからだ』

目黒次は『場外乱闘はこれからだ』。1982年6月に文藝春秋から刊行された本です。取材ものと先に聞いていたんですが、実はごちゃまぜだね。

椎名ナンバーの連載をまとめたんじゃないの?

目黒違うんですねえ。ナンバー、ブルータス、翻訳の世界を中心に、いろいろな雑誌に書いたエッセイの寄せ集め。ナンバーは取材ものだけど、他はエッセイだから本としてはバランスが悪い。書名からはプロレスものかなとも思ったんだけど、そうでもない。

椎名そうかあ。

目黒『さらば国分寺書店のオババ』『気分はだぼだぼソース』『かつおぶしの時代なのだ』と同じ初期エッセイで、いま読むと正直ちょっと辛いところがある。具体的にいえば、東スポの項で「朝日にはこの真似が出来るか、エイ!と言いたい」という表現が出てくる。思い出したくないでしょ?

椎名恥ずかしいなあ。

目黒あと、ブルータスに書いたエッセイ、たとえば「その女は浅緋のコートをひるがえし午後十一時のくらやみに消えた」というタイトルも、ちょっとねえ。

椎名それがタイトルなの?

目黒おそらく椎名がつけたタイトルだと思うけど、また当時はこういうタイトルが流行っていたんだ。エッセイのタイトルとしては斬新だと。でも残念ながらこれも風化しちゃってる。いちばん辛いのは中身がないこと。

椎名いいところが一つもないのか。

目黒もうちょっと待ってね(笑)。あともう一つは取材ものが椎名に向いてないことかな。編集部から候補を幾つか出されて、その中から面白そうなものを選んで取材に行ったんだろうけど、意外に退屈。というのは、ただ一本だけ印象深いエッセイがあるんだ。それが月刊プレイボーイの1981年3月号に書いた「東海の浜辺に機械生物を見に行った」というエッセイで、これはいいよ。取材者の好奇心が全開になって、文章に躍動感が漲っている。そのころから、こういう素材が好きだったんだなってよくわかる。

椎名なるほどね。

目黒あと印象に残ったのは、「シークがきた!」の原風景がここで描かれていること。のちに椎名が書くSF小説集のタイトルだけど、出典がプロレスとは知らなかったので面白かった。

椎名だってシークと言ったらプロレスだろ。

目黒いやオレ、プロレス知らないから。ここで描かれるのは、後楽園ホールで全日本プロレスを見ていたとき、高校生がそう叫んで逃げていたという光景だけど、そのとき一緒にいた村松友視さんに、将来「シークがきた!」「ハンセンがきた!」「ブッチャーがきた!」というタイトルの小説を出して、「みんなきた全集」にするのだと言うくだりは面白かった。このエッセイのタイトルもいいよね。

椎名何ていうの?

目黒シークはいいがアンドレは来ちゃダメ!

椎名いいなあ(笑)。

目黒あとは笹塚のジャズダンス教室の取材の項で、笹塚に対する印象として「浮気な人妻の街」と書いているところが興味深い。将来その街に事務所を作るとも知らないで。でも何なの、その「浮気な人妻の街」って。

椎名覚えてないなあ。

目黒おやって思ったのは、NHKテレビのドキュメント番組でレポーターをやったことがあると。これは何?

椎名原宿商店街のボスたちのインタビューに駆り出されたんだ。

目黒そういうレポーターに興味があったの?

椎名仕事に共通しているから勉強になることと、あとは撮影の機材がフランスのミニエクレールだったことだな。

目黒なにそれ?

椎名当時はビデオがなかったから、16ミリ撮影機で撮るわけだよ。打ち合わせのときにどんな機材で撮るのかを聞いて、一度でいいから近くで見たかった。

目黒それは有名な撮影機なの?

椎名当時の憧れだったな。詳しいですねえってスタッフにも言われたよ。

目黒椎名の青春だね。

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