『波照間の怪しい夜』
目黒『波照間の怪しい夜』にいきます。これは、2006年から2009年にかけてさまざまな雑誌に発表してきた写真と文をまとめたもの。つまり、写文集ですね。2012年2月に雷鳥社から出てるんだけど、この会社は前からの付き合いなの?
椎名いや、初めての会社だね。いきなり依頼がきたんだ。写真集を出しませんかって。この雷鳥社は写真の本をたくさん出している出版社で、前から名前は知っていた。好きなように作ってくださいって、おれの希望を全部聞いてくれた。
目黒いい本だよね。
椎名横長の本って営業的には売りにくいらしいんだけどな。
目黒この本の冒頭に、父親の後ろ姿の写真が載っている。椎名が小学生のころに撮った写真で、怖くて後ろからしか撮れなかったというんだけど、この写真を初めて見た。これ、前に発表してた?
椎名昔、新潮社が出してくれたおれの別冊があっただろ。
目黒『椎名誠の増刊号』だ。
椎名あの冒頭に、「1枚の写真」という題名で載せてるよ。だからこれは2回目だね。
目黒そうか、ごめん。忘れてた。それでね、この写真を撮ったとき、椎名は小学五年生で、父親は六十七歳だったというんだよ。ということは、椎名が生まれたとき五十七歳だよね。すごいよなあ。
椎名そうだよな。パワフルな爺さんだった(笑)。
目黒ちょっと待って、弟のユーちゃんとは椎名、幾つ違いなの?
椎名六つ。
目黒ということは、ユーちゃんが生まれたとき、六十三歳だぜ。
椎名おれの母親は後妻だから、母親は若かったんだ。でも深層心理的には父親の年齢を知りたくないってのがあったな。
目黒ええと、この本には犬の写真が相変わらず多いんだけど、珍しく猫の写真が出てくる。八丈島の「南国温泉ホテル」に泊まったときのことを回想するくだりに、椎名が座っていると椎名の足の脛に頭をなすりつけてくると。
椎名その写真も可愛いだろ。原稿を書こうとするとテーブルの上に飛び乗ってくるんだ。
目黒犬の話はたくさん書いているけど、猫の話はあまり書かないし、写真も載らないからそんなに好きじゃないんだと思っていたけど、猫も好きだった?
椎名小平にいたとき飼ってた猫が可愛くて、でもあっけなく死んでしまったから、それ以降は怖くて飼えなかった。
目黒子供のころは?
椎名幕張にいたころは犬も猫もいたよ。いなくなるとおふくろがどこかから連れてくる(笑)。
目黒昔は野良犬や野良猫がたくさんいたんだ。
椎名勝手に床下に入って、そこで暮らしてた。
目黒いい時代だったね。いい時代といえば、レストランでアルバイトした帰り、朝方の4時ごろ歩いていたらパトカーがきて近くの駅まで送ってくれた話がこの本に出てくるけど、こんなこと今では考えられないよね。
椎名東京タワーの下を歩いていたら、パトカーがやってきて、お前ら何をしてると。
目黒職務質問されたんだ。
椎名ニコラスで皿洗いのバイトをして帰るところなんですと。そしたらその巡査がパトカーを降りてきたらすごい体格をしてるんで、カッコいいガタイですねとかなんとか言ったんだな。すると、おれは柔道をやってると。ぼくも柔道やってます(笑)って言ったら、じゃあ送ってやるって、浜松町か田町だったか忘れたけど、送ってくれた。
目黒なんだ、そういう意気投合のドラマがあったんだ。
椎名不良少年だと思って職務質問したら勤労少年で、しかも柔道やってるってんで、サービスしてくれたんだろうな。それからだよ。冬の寒い日は、ときどき後ろを振り返ってパトカーこないかなと(笑)。
目黒二度目はあった?
椎名待ってるときにはこないんだよ(笑)。
目黒一つだけ疑問があるんだけど。
椎名なに?
目黒終わりのほうに「ヤンバルジャングルの魅力」という項がある。で、その「ヤンバル」とは何を意味するのか、まあ地名かなあとは推測できるんだけど、なんの説明も出てこない。するとしばらく先に、本文の下に小さく、「ヤンバル=沖縄本島北部の総称」と出てくる。だからそれで疑問は解決するんだけど、本として見た場合、そういう説明が入るのはここだけだから、ちょっと浮いている。
椎名沖縄の人ならみんな知っているから、わざわざ説明をつける必要もないだろうって思ったんだな。
目黒たぶんそうだと思う。でも、わからない読者もいるかもしれないからと念のために編集者が説明をつけたんだろうな。でもね、本文の中にカッコ付きで入れちゃえばそれで済む話なんだ。あとは推測だけど、勝手に本文をいじることを遠慮して、本文の下に注釈をつけたんだと思う。
椎名そうだろうな。
目黒まあ、細かい話だけど、美しい本がそこだけちょっと疵があるような気がして。
椎名ふーん。
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