『世界どこでもずんがずんが旅』

目黒ええと次は『世界どこでもずんがずんが旅』。中日新聞、東京新聞の夕刊に二年間連載していたエッセイと、「ニッコールクラブ」に連載していた旅話をまとめたもので、2010年1月に角川書店から本になって、2013年3月に角川文庫と。この「ニッコールクラブ」って何?

椎名ニコンのファン雑誌だよ。ニコンのレンズはニッコールというんだけど、その愛用者たちが読む雑誌だね。

目黒ようするに、これまでの世界各地への旅を、回顧しながら写真とともに綴る書で、だから読んだことのある話が多い。その意味では初めてシーナ本を読む人向きだね。もっとも忘れている話も結構あるから、あまり気にすることもないか。たとえば、「バイカル湖の水はうまい」という項があるんだけど、おれ、こんなこと知らなかったから初めて読むのかもしれないけど。

椎名その話は以前も書いてるぜ。

目黒じゃあ、忘れてただけか。

椎名とにかくロシアの水はとてつもなくまずいからね。

目黒ロシアの水道の水は圧倒的にまずいから、バイカル湖の水を水筒につめたとこの本に書いてる。水汲みの馬車がたくさんやってきた、というから地元の人にもバイカル湖のおいしさは知られていたということだろうね。でもこれは1984年の話で、それから30年もたっているから、いまも同じかどうかはわからない。最近ロシアには行ってないでしょ?

椎名そう言われるとな。この3〜4年後にもう一回行ってるけど、そのときはまずかった(笑)。

目黒それでも25年前だしなあ。その後変化したかもしれないぜ。あとね、本当かよと思ったのは、イルクーツクの高級レストランにはロックバンドが入っていて、ものすごい音量で演奏していたり、空いている席がないとマイナス四十度の外で待たされると。すごいよね、これ。マイナス四十度だよ。

椎名やっと中に入っても注文したものが出てくるまで最短で三十分だぜ。

目黒それも書いてるな。デザートまでいくと3時間で、昼に入ると出るときは晩飯の心配をしなければならなくなるって。

椎名そういう大きな劇場型レストランしかないんだよ。それ以外に飯を食うところがないから、そこに行くしかない。

目黒がんがん音楽が鳴ってるところね。

椎名そうそう。中に入るまでも寒い外で待たされて大変だけど、中に入ってもまだ大変なんだ。

目黒音楽ががんがん鳴っている以外にも何かあるの?

椎名当時は共産国家だから、賃金はみんな同じなんだ。だから働きたくないんだな。レストランは席ごとに担当のウェイトレスが決まっているんだけど、客が坐っても知らん顔している。

目黒すごいねえ。

椎名だいたいそっぽを向いているウェイトレスが担当者だから、そこへ行くわけよ。席につきましたけどって。

目黒いやはや。

椎名で、嫌そうな顔でメニューを持ってくるから、それを見て、頼むだろ?すると10分くらいしてから、これは出来ないって言ってくる。10品頼むと7品は出来ないね。

目黒その日にたまたま出来ないの?

椎名いや、いつ行っても出来ない(笑)。だから慣れてくると最初に聞くんだ。今日できるやつはどれですかって(笑)。

目黒出てくる料理はおいしいの?

椎名まずいんだこれが(笑)。肉が固い(笑)

目黒値段は?

椎名高い。

目黒それは外人観光客用の店?

椎名ロシア人もたくさんいるよ。

目黒うまいものはなかったの?

椎名町中で隠れるようにしてピロシキを売っているおばさんがいるんだけど、これはうまい。

目黒隠れるようにして、ってどういうこと?

椎名共産国家だから許可のない者は売っちゃいけない。

目黒なるほど。

椎名家庭で作ったものを売るんだけど、あっという間に行列が出来るから、それっとおれたちも並ぶんだ。行列を見たらとにかく並ぶの。並んでから、前の人に「これは何の行列ですか」って聞くんだよ(笑)。

目黒ピロシキだけじゃなくて、いろんなものをそうして売ってるの?

椎名ジーンズを売っているおじさんを見たことがある。サイズも関係なく買ってから、みんなで輪になって、私何インチとか言い合って交換してたな。

目黒なるほど、生活の知恵というやつか。

椎名さすがにいまはそんな光景もなくなっているだろうけどな。

旅する文学館 ホームへ