『屋上の黄色いテント』

目黒次は『屋上の黄色いテント』です。2010年2月に札幌の柏艫社から出た本ですが、巻末にロール・デュファイというフランスのイラストレイターの書いた60ページの絵物語がついているという、椎名にしては珍しい構成の本です。この短編が他の作家の作品と一緒にフランスで出版されて、それを読んだロール・デュファイさんが椎名の「屋上の黄色いテント」を気にいって、フランスで出版。それを逆輸入のかたちでこの本の巻末に収録という経緯のようです。おれ、この本、初めてみたよ。

椎名そうだろ。

目黒この本の問題は、初出の記載がないこと。その表題作は、ロール・デュファイの絵物語とは別に、もちろん椎名の原作もここに載っているんだけど、この短編がいつどこに書かれたものなのかがわからない。表題作の初出がわからないんだぜ。これ、ひどくない?

椎名そうかあ。

目黒この本にはロール・デュファイの絵物語以外に、椎名の七篇の短編が収録されていて、そのうちの「飛んでいった赤テント」は文学界、「ある日」は電車の吊り広告の週刊連載、「サーカスのラッパ犬」は「新聞の小さなコラムの連載」と著者の「はじめに」という短文の中にあるだけで、それ以上の詳しい記載はなく、残り4篇はまったくの未記載。こういう本の作り方には疑問を感じます。どうして著者が言わないの?

椎名そうだよなあ。

目黒すごく不親切だと思う。その作品を何年に書いたってことは作者を理解するには大事なことなんだよ。本はもう過去に出たものだから間に合わないけど、「椎名誠 旅する文学館」に記録を載せるなら、こちらで調べて初出を載せるべきだと思う。

椎名わかった。

目黒ただし、中身はいい。椎名は「はじめに」で、寄せ集め短編集と書いているから誤解されそうだけど、意外にいいんだ。


「飛んでいった赤テント」 山岳短編
「炎名寺の寺」      ホラー
「ある日。」       犬が突然電車に乗ってくる話
「サーカスのラッパ犬」  数年後の「チベットのラッパ犬」につながる
「パリの裸の王様」    三越の岡田茂社長渡仏騒動記
「銀座の貧乏の物語」   中小企業小説
「屋上の黄色いテント」  同じ

というのが内訳だけど、すべて淡々と描いているのがいいね。それが妙に胸にしみてくる。たとえば冒頭の「飛んでいった赤テント」は山岳短編で、高校生のときに書いた短編があったよね、登山小説。あれを彷彿する。ようするに、山に登る、それだけの話。それを淡々と描いている。つまり、これはある意味で椎名の原点を感じさせる。

椎名文学界に書いたときは「PERFECT DAYS」ってタイトルだった。

目黒巻末の「屋上の黄色いテント」に対応するために「飛んでいった赤テント」と改題したと「はじめに」で椎名が書いてるね。

椎名そうそう。

目黒地味なドラマばかりで、派手なことは一つも起きないけど、これがいいんだな。たとえば「ある日。」は、犬が突然電車に乗ってくる話だけど、なんとそれだけ(笑)。椎名の超常小説なら、そこに意味をつけたり、理由をつけたり、あるいは騒動を大きくしたり、いろんなことが想像できるけど。

椎名(笑)。

目黒そういうことはいっさいなし。つまらないのは1篇だけだね。「パリの裸の王様」。これはちょっと辛い。

椎名あれなあ。

目黒三越の岡田茂社長が実名で登場する。というよりもこの短編の主役だ。三越のパリ支店が出来たときに日本から三百人くらい連れていって、パリの街を凱旋する様が裸の王様のようであったというんだけど、ようするにここには批判というか揶揄のニュアンスがあるよね。百歩譲ってこれを認めてもいいんだけど、他の短編とあまりに違いすぎる。つまり浮いている。ここに入れる作品ではない。まあ、短編としてもレベルは低いと思うけど。

椎名どこに書いたのかなあ。

目黒そういうことを知りたいよね。まあ、巻末の絵物語はよくわからないんですが(笑)、「パリの裸の王様」を除けば、結構読ませる拾い物であったというのが私の結論です。


『屋上の黄色いテント』初出一覧
「飛んでいった赤テント」 『文學界』1999年5月号
「炎名寺の寺」 『文芸ポスト』1998年2月号
「ある日。」JR東日本車内中吊り→『中吊り小説』(新潮社) 1991年12月
「サーカスのラッパ犬」
「映画『ビッグ・フィッシュ』公開記念 椎名誠が贈るSHORT STORY」読売新聞大阪掲載 2004年5月
「パリの裸の王様」 『パリよ、こんにちは』(角川書店) 2005年12月
「銀座の貧乏の物語」 『銀座24の物語』(文藝春秋) 2001年8月
「屋上の黄色いテント」 『東京小説』(紀伊國屋書店) 2000年4月
※『東京小説』は、フランスの出版社による企画「街の小説」シリーズの一環。フランス語版と日本語版の同時刊行。

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