『大きな約束』その2

目黒ええと、前回は内容にまったく触れられなかったので、ここでは内容に触れていきましょう。まず、文庫本の『続大きな約束』のカバーの見返しにある著者近影がすごい。

椎名何が?

目黒「さつえい/風太君」とあるんですよ。つまりその写真を撮ったのは風太君で、だから椎名の顔が、こんな顔見たことがないというくらいの笑顔になっている。

椎名(笑)。オートフォーカスだから、風太君でも撮れるんだよ。向かい合ってさ、もっとカメラを上にあげてごらんとか言って。

目黒いやはや、びっくりだよ。こんな顔、するんだ。あとは、風太君から電話がかかってくるくだりが何と言ってもいいよね。向こうはまだ幼児だから、話の途中で電話を置いてどこかに行っちゃう(笑)。

椎名しばらく待っていると岳が電話に出てきて、向こうの部屋に行っちゃったと。

目黒風太君は自分で話したいことが終わるとすぐに電話を切るのね。あれもいいなあ。バイバイってすぐに電話を切るから、椎名があわてて、もっと話そうよといっても、もう切れている。じいじいの淋しさを思うと、笑っちゃいけないんだけど、無性におかしい。

椎名こっちは電話を待っているんだから、もっと話したいよな。

目黒あとは細かなことがたくさんある。毎月一度沖縄に行ってFM放送の収録をしていた話がここで詳しく書かれていて、その内容を初めて知った。スタジオで喋るだけじゃなくて、取材にも出ていたんだね。

椎名そういう。魚市場に行ったりとかな。

目黒回想も多くて、箱根の酒屋で住み込みで働いていたときの話がここに出てくる。これまではその事実が書かれていただけで、そのディテールは書いていなかったんだけど、これ、短編になるよね。

椎名短い間だったんだけどな。

目黒つぐも叔父のその後のことも出てくる。父親が死んだ日のこと、九州に帰ったこと、椎名が十九歳のときに亡くなったこと。つぐも叔父の話だけで、これも短編になるね。あとは子供たちが幼いころの話もあって、たとえばチェコの人形劇団の公演を見に行ったとき、ロシア人の司会者が独特のヘンテコ日本語で「用意は?」と言うと、大勢の出演者が口を揃えて「できてます!」と言うのがおかしくて、観客は大笑い。それでシーナ家でも以後「用意は?」というフレーズがよく出てきて、用意が出来ていてもいなくても「できてます!」と言うようになったとかさ、こういう回想が随所に出てくる。そうだ、これも感心した。

椎名なに?

目黒クリニックの待合室で、老人たちの会話を聞きながらふいに昔読んだ室生犀星の「われはうたへどもやぶれかぶれ」という闘病記のタイトルを思い出すくだり。読んだのはいつ?

椎名高校生のころかな。

目黒でしょ。つまり五十年以上前のことだぜ。よく覚えてるよな。

椎名そりゃ覚えてるだろ。

目黒読んでいたことにも驚いた。

椎名室生犀星、好きだったから。

目黒やっぱりさ、沢野と似てるよね。こういう文学っぽいやつが二人とも好きだよね。そうだ、覚えているといえば、「わたしがずっと若い頃にはやっていた歌がふいに頭にうかぶ」といって、「もうしわけないけど気分がいいぞ」って出てくるんだけど、これは何?

椎名フォークソングであっただろ?

目黒椎名がフォークソングを聞いていたとは知らなかった。

椎名誰の歌だっけなあ。

目黒この小説はラストがいいよ。椎名はよく父親に愛されていなかったと書くけど、母親から意外な話を聞かされる。父親は幼い椎名をおぶって庭につくった畑の手入れをしていたと母親が言うわけ。それを受けたラストが成田空港の場面。風太君と海ちゃんが飛びはねるようにして歩いてくる。「風太君がわたしを見つけた。両手をひろげてまた飛びはねた。坊主頭だった。風太君の頬が紅潮している」。で、最後の一行がこれ。

夜明けのように、そのあたりの風景がぴかぴか光っている。

なんだかこっちまでまぶしくなってくるよ。

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