飲んだビールが50000本! 発売記念トーク第3弾

ニシザワ:さて、本誌では「世界のあちこちでこんな酒を飲んできた」というテーマで、シーナさんの酒遍歴を特集する訳ですが、ここに収録できなかった「今までで一番まずかった最低のビール」というのがあれば教えてください。

シーナ:最低のビール話のひとつとして「ロシアのうましょんビール」というのを本誌では書いたのだけど、もう少しスケールが小さくて、だけど本当にまずかったビールの話をしようか。一番まずくて、そして悲しみのビール。

ニシザワ:ほおー、ぜひ。

シーナ:ずいぶん前のことになるけど、「インドでわしも考えた」(小学館)の取材の時に、南インドのマドラスに行ったんだよ。いまは改名されてチェンナイという州になったのかな。そのマドラスは、もの凄く暑い場所のくせに、禁酒州だったんだよ。

ニシザワ:それはタイヘン・・・

シーナ:だけど外国人向けのバーでは酒を飲めるっていうから行ったんだけど、ビールはなかったんだよ。やっぱり暑い場所ではビールだろ。それでもう砂漠で迷子になったみたいに「ビール、ビール」と彷徨っていたらあるレストランで秘密のビールが飲めるという。あれはヤマコウさん(写真家の山本皓一)と一緒だったな。
それでそのレストランに行ってビールを頼んだら、奥の部屋に通されてさ、いかにも秘密めいた感じなわけだ。それでナゾの男がビールを調達してくるから金をよこせという。それでお金を渡してさ、その後15分くらい待ってたかなあ。暑いんだぜ。もうこっちは喉カラカラ、ビールが幻覚で出てくるような始末だよ。で、そいつが戻ってきた。ところがそいつは両手に何も持ってないわけ。

ニシザワ:むむむ・・・

シーナ:俺は逆上して怒った訳だ。そうしたらそいつ、ズボンの後ろにビール瓶をタテに二本入れて隠してたわけ。夢にまで見たビールだよ。「おお!」となって、それで逆上気味に手にとった訳だ。そうしたらさ、これが温いんだよ。もう悲しいくらい。

ニシザワ:その温さって、ほとんど温いお湯くらいのような?

シーナ:そう。そこらの温度がそうだからね。それで、まあ飲まなくても良かったんだけど一応ビールだからさ。コップに入れたらドワーって泡が盛大に立ちやがってさ。温いと泡だけはイキオイあるんだよなあ。で、飲んだ訳だ。そうしたらさ・・・まずかったなぁ!いやはや!どーにも!もう悲しいくらい。

ニシザワ:うーむ。怒りと悲しみのシーナさんか。その場に居合わせなくてよかった。けれど、逆にシーナさんキンキンに冷え過ぎたビールもダメですよね。よくグラスに霜がついて、ビールが氷結しているようなのがジョッキで出てくると「コノヤロウ」って顔してますもんね。

シーナ:ビールはさ、冷やし過ぎるもんじゃないんだよ。味が分からなくなるだろ。適度な冷え具合ってもんがあるわけだよな。

ニシザワ:さて、それではうまいビールの話を。まあ今この場でもそうですけど、旅先でさんざんビールを飲んで帰ってきても、やっぱり「池林房の生ビールが最高だ」ってシーナさんは言うじゃないですか。日常のビールという意味では、池林房に勝るものはないのだと思いますが、旅先で「今までで最高にうまかったビール」となると、どんな話になりますか?

シーナ:その前に「池林房」だけどさ、あの店は最初、生ビールは置いてなかったわけ。それでトクヤに「なんで生ビールを扱わないのか?」って聞いたら、生ビールのサーバが場所を食うからっていうんだよ。「それだけ?」って聞いたらそれだけだって言うからさ、「一番うまい状態のビールを出さないなんてのは、経営の怠慢だ!」と指弾したわけだ。
そうしたら、それから置くようになった。トクヤは素直ないいヤツだよ(笑)。

ニシザワ:トクさん優しいなぁ。

シーナ:最高のビールの話な・・・幾多の経験があるんだけど・・・オーストラリアのグレートバリアリーフでダイビング船旅のテレビ番組を撮った時のビールかな。
俺、実は当時、ダイビングって大してやってなかったんだよ。一番最初にダイビングをやったのが池袋の魚の泳ぐプールでさ。水深5メートルの。そこで誰にもレクチャーを受けずに、体力があって泳げるっていうだけでガシガシ独学でダイビングをやっていた訳だよ。「エア・エンボリズム」っていう、おっかない潜水病があるんだけどさ、そんなことも知らずにいきなりグレートバリアリーフにいっちゃったわけ。中村征夫さんと。フランス製のシボン号って船の旅だったな。
テレビの撮影スタッフや現地の連中は俺がベテランのダイバーと思っているからさ、こっちも「おうっ!」ってなもんでガンガン潜っていたわけだ。だけど、やっぱり緊張もしたし、何かあったら「死」だからさ、オッカナイ訳だよ。それとダイビングのボンベから吸入する圧縮空気ってもの凄く乾燥しているんだよ。恐怖心のカラカラと、圧縮空気のカラカラでもう喉がヒーヒー言ってるわけだ。そうして船上にあがって、ひといきついて、さあそれからビールだよ。ちゃんと適度に冷えてるんだぜ。これは安堵感もあいまってなあ、いろいろな意味で心とイブクロに沁みるうまいビールだったなあ。

ニシザワ:いやー、聞いてるだけでうまそうだなぁ・・・

シーナ:うん。あれはうまかった。さて、ニシザワ、適度に冷えたビンタンビールをもう一本頼んでおくれ。

ニシザワ:まだ飲みますか・・・

(10月某日、帰国フライトまで1時間を切ったバリ島にて)

旅する文学館 ホームへ