『ひとつ目女』

目黒ええと、『ひとつ目女』です。文学界に断続的に11回連載し、2008年に文藝春秋から本になって、2011年文春文庫と。まず、「自著を語る」から作者の言葉を引用しましょう。

この連載小説を書く半年ほど前に初めてチベットに行ったことも、ストーリーの舞台づくりに大きく関係している。チベットの奥地は、世界のけっこうたくさんの辺境地に行ったぼくにとっても、思いもよらない見たこともないような風景や現象があって、しばしば圧倒される思いだった。移動しながら4500メートルなどの高地から雲を見下ろし、この小説のストーリーなどをぼんやり考えていた。この本の帯には編集者が「シーナがSFに帰ってきた!『アド・バード』から19年、誰も見たことがない世界への旅」と書いてくれている。そういう意味では作家としてのぼくのその当時の思いを上手にとらえてくれていると思い、その感覚に感謝している。。

SF作品集ですね。

椎名長編だろ?

目黒連作長編と言い直します。この文庫本の解説で、SF書評家の香月祥智が指摘しているんだけど、この小説には、「中国」「インドネシア」などの国名から、「ナガタ町」「ヒビヤ公園」などの地名、そして「元」「ドル」などの通貨に到るまで、実在の名称が使われている。戦争によって荒廃した近未来を描くシーナ・ワールドではきわめて珍しい趣向だよねこれは。たとえば、この物語の背景は、中国の「戦術生化学攻撃」がアジア各国の周辺部分をじわじわと破壊して、日本の大都市は中国に侵略されてことごとく壊滅、という状況になっている。

椎名そうだな。

目黒たとえば、「連合中国政府の北政府軍」というのが出てくる。これは、これまでしばしば出てきた「北政府」と同じなの?

椎名いや、違う。

目黒どう違うの?

椎名これまでの「北政府」は、北朝鮮をイメージして書いてきた。

目黒じゃあ、「連合中国政府の北政府軍」というのは、これまでの「北政府」を併合しちゃったんだ。

椎名そういうことだね。おれの頭の中では、どんどん進行しているんだ。

目黒じゃあ、「北中国」というのも出てくるんだけど、これは「連合中国政府の北政府軍」と同じなの?

椎名違うよ。

目黒別?

椎名これは北方中国ということだ。

目黒あ、地域ということか。

椎名そう理解してくれればいい。

目黒もう一つ。ここに「つがね」が出てくるんですが、それは「解放された再生人間に穿孔チップスかなにかを埋め込んで脳幹コントロールしている」やつだと書かれている。これまで「つがね」はしばしば出てきたけど、全部微妙に違っていて、今回の「穿孔チップスかなにかを埋め込んで」いるのも初めて。この「つがね」はどうして出てくるたびに違っているの?

椎名全部「つがね」なんだよ。

目黒そうか、「つがね」にはいろいろなやつがいるんだ。「つがね」というのは、その総称であると。将来、用語集を作る人が出てくるかもしれないから、そう言っておこう(笑)。

椎名お願いします(笑)。

目黒最後に批判を一つ。

椎名なに?

目黒このタイトル、よくないんじゃないかなあ。

椎名どうして?

目黒なんだか、おどろおどろしい雰囲気があるでしょ。椎名が時々書く、わけのわからないやつかと思って、最初はSFと思わなかった。

椎名でもこの小説の世界観を表していると思うんだよ。

目黒たしかに目次を見ても、他にタイトルにふさわしい章見出しがないんだ。でも、これはなあ。

椎名もう少し売れて欲しかったな。

目黒このタイトルのせいじゃないか。

椎名そうかなあ。

旅する文学館 ホームへ