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出版社:文藝春秋

発行年月日:2015年01月25日

椎名誠 自著を語る

 いわゆる昔の言い方でいえば純文学誌『文學界』にほぼ三年にわたって隔月で書いてきた純然たる小説である。ある刺激を受けて、当初から確信犯的に決めていたことがある。それは久しぶりに書く完全なフィクションであるから、現実社会とは少しスタンスを変えたぼくの頭の中にあるあるリアルな舞台、そしてこれまで書いたことのないような殺人まで起きる、しかも違法ドラッグを巡る話。たぶん読者は何も知らずに読むと面食らったことだろう。ぼくとしてはこれを書くのがとても楽しみだった。だから隔月で来る締め切りを確実に守り、しかも補完する意味で四十枚ほどの追加原稿も書き込むという、自分にとっては信じられないくらい力をいれた一冊だった。
しかしタイミング的な不幸とはいえないまでも、あまりありがたくない偶然の出来事に出会った。この小説の根幹になっている違法ドラッグについてである。違法ドラッグは急速に大きな話題となったが、ぼくにとってはあれま、という感じだった。というのはこの小説はかなり長きにわたって書いていた話であり、ぼくがそのドラッグを書きだした頃は、世の中には違法ドラッグという言葉さえまだなかったのである。
ぼくは南米で出会ったまさしくエベナという毒にも薬にもなるネイティブが多用している毒薬草を知っていた。だからそれを大きな中心核に据えたのだが、書き終えてみると現代の風潮に便乗したような印象を持たれかねない顛末になっていた。これは作家として自画自賛的に言えば先見性があったということでもあるのだろうが、小説という商品として考えるといかにもアンラッキーだった。
この本にはこれまでのぼくのジャンルにはないハードボイルドという惹句が入っている。確かに自分でも意識して文体を硬質なもので貫いていた。出てくる人物たちも全員どこかアブノーマルであり変人を通り越した狂気性を持ったキャラクター、そして誰もがみんなありふれた言葉でいえばワルモノであるということに、登場人物を動かす作者としては魅力を感じていた。ぼくの小説の中では異端に属するジャンルだと思うが、未読の読者はぜひこれを手に取ってもらいたいと思う。
力を込めて書いたわりにはさして話題にならなかったのは、同じ時期に何冊もぼくは新刊を出してしまうという、まあ言ってみればあまり賢くないほったらかし出版をしているからなのだろう。まあ今までもそうしてきたのだからそれでいいのだ、とぼくはかなりさっぱりと達観している。

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