『小魚びゅんびゅん荒波編 にっぽん・海風魚旅3』

目黒ええと、次は『小魚びゅんびゅん荒波編 にっぽん・海風魚旅3』です。週刊現代で連載していた「海を見にいく」シリーズの第3弾。2004年11月に講談社から本になって、2008年1月に講談社文庫と。ええと、房総の麻雀博物館に行く話が途中に出てくるんだけど、そこに、ベトナムの収容所でフランス人捕虜が作ったアルミの牌、というのが出てくる。写真も載っているんだけど、すごく精巧だよね。でも、どうしてフランス人が麻雀するんだろ?

椎名おれに聞くなよ(笑)。

目黒いや、その博物館で聞いたかなって思ってさ。

椎名知らないよ。

目黒椎名は世界中を旅しているけど、日本以外の国に雀荘ってあるの?

椎名見たことないなあ。チベットで家庭麻雀をしたことはある。

目黒日本と同じルール?

椎名ちょっと違う。

目黒金を賭けるの?

椎名むしられたよ(笑)。

目黒ずいぶん前に香港にいったとき、レストランで食事してたら閉店時間がきてさ、そしたら隅のテーブルで従業員がいきなり麻雀を始めて驚いたことがあるな。

椎名お前、香港に行ったことがあるの? 旅行嫌いなのに(笑)。

目黒競馬しに行ったんだよ。あとは、鹿児島でラーメン屋を二軒はしごするくだりがあるんだけど、よく食えるよね。

椎名昔の話だろ?

目黒そんな昔じゃないよ。十年ちょっと前だからあんたが六十歳くらのときだよ。

椎名いまは食えないな。

目黒いまでも覚えているのは、椎名が作家としてデビューしてしばらくしたころだから四十代だと思うんだけど、カツ丼とタンメンを頼んで一人で食べてたよ。四十代であの食欲は異常だったよね。

椎名そうかねえ。

目黒小笠原の父島に行ったときに、スローピッチボールという野球をやった話が出てくるんだけど、これは浮き玉野球とは違うの?

椎名別物だな。

目黒アメリカから伝わってきたもので、ソフトボールより大きめの固い球を使うって書いてある。

椎名野球に似た遊びが、もしかしたら世界中にあるのかもな。

目黒あとは余市のリンゴの話が出てくるところ。日本でリンゴが最初に出来たのが余市なんだけど、明治八年に当時の開拓使長官の黒田清隆がアメリカから持ち込んで、その栽培を奨励したのがきっかけだったとここに書いてある。では、余市のリンゴがなぜ赤いか、知ってる?

椎名どこのリンゴも赤いだろ?

目黒余市のリンゴは特に赤いんだって。

椎名ふーん。

目黒明治期の北海道の各地に入植に入ったのは、戊辰戦争の敗者なんだよ。で、みんなが北海道の各地で苦労するって話はこれまでにいろいろな小説で描かれているけど、余市に入ったのは旧会津藩士。ここでも旧会津藩士は大変な苦労をするんだけど、だからリンゴが実ったときはみんなで喜ぶんだ。だから、こういう文章が出てくる。「余市のリンゴが赤いのは、会津人の怒りと怨念がこめられた炎の色だからだ」って。

椎名それ、おれがこの本で書いてるの?

目黒違うよ。蜂谷涼が『蛍火』という小説で書いている。

椎名初めて知ったなあ。

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