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出版社:講談社

発行年月日:2014年05月22日

椎名誠 自著を語る

ぼくが最初に酒というものを飲んだのは中学生の頃で、もちろんビールだった。その頃からぼくはひまがあると(ひまだらけだった気がするが)仲間たちと集まって何かやたらとあっちこっち動き回っていたような気がする。海に近い町だったので海べりがいちばんよく集まる場所だった。そこで試しに飲んでみっか、という気分でビールを飲んだ。当時は瓶ビールのほうが流通していたので、7,8人の仲間と2本ほど買ってきてそれぞれラッパ飲みの回し飲みをした。たぶん全員それが生まれて初めてビールを飲んだ瞬間ではないかと思う。
 体質的に酒が強いか弱いか自分でもわからないわけだからそのあと十数分すると2,3人は早くも酔いが回ってきたようで、何かわけがわからないことをつぶやいていた。地面を見ながら地球の中が見える、などと言っていたのはYという友達で、彼はその後、高校のボクシング部に入り、意外にボクシングのセンスがあって頭角をあらわし高校チャンピオンになり、最終的には東京オリンピックのライト級の日本代表になった。もう一人Kという少年は中学で陸上競技をやっていたが、三段跳びに目覚め、国体まで進出した経緯がある。みんな海の遠泳で鍛えていたからそういったスポーツ方面に進む連中ばかりだった。だからまああんなふうに16,7の少年がいきなりビールを飲んでもそんなにとんでもなく酔っぱらうというところまでいかなかったのだ。もしまったくの下戸で体質的にアルコールが合わないやつがいたらちょっとした問題になっていたのかもしれない。
 ビールをめぐるいちばん最初の記憶はその海辺のガキ同士のカンパイだった。そのときはたいしておいしいとは思わなかったが、やがて、冷たく冷えているビールをちゃんとしたグラスで飲んだのは、それも未成年のときだったが、かなりおいしいということに気がついた。酔いも程よく、思えばそれから数年して成人となり、今日までもしかするとほぼ毎日ビールを飲んできたかもしれない。ビールだけでなく酒についての興味と関心はつのるいっぽうで、そのほかの強い酒もどんどん飲むようになっていった。
 この本はぼくのそういう酒飲み人生をよく知っている編集者が、椎名さんは二百冊以上の本を書いているけれど、酒に関してだけの一冊というのは全くないでしょう、と言うのだった。雑誌連載などでは、たとえばウイスキーの蒸留所探訪というテーマで、国内はもとより世界の本場であるスコットランドの蒸留所の主要なところを取材でまわってみたり、いろいろな国への旅をするごとにその国の酒というものに興味がわき、まあどの国でも必ずビールは飲むのだが、驚くべきことにビールというものがない国もあり、酒を飲んではいけないという法律の国もあると知り、体験を中心にしていろいろな酒がらみの文献を読むようになっていった。
 この本はそういって呼びかけた編集者の意見とプランがきっかけになって酒と酔いにまつわる話をとにかく書いていった。書いてみると、まあとにかく長い年月飲んで酔ってきたわけだから、酒にからまる話題はめちゃくちゃあって、本当のことを言えばこの本はわが酒人生の序章のような一冊となってしまった。それでもとりあえずまだ好きなように飲めるうちにこうした本をまとめることができて、大変幸せである。

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飲んだら、酔うたら

出版社:大和書房

発行年月日:2023/4/15

文庫(『酔うために地球はぐるぐるまわってる』改題・文庫化)

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