『風がはこんでくるもの』

目黒次は『風がはこんでくるもの』。写真集ですね。1998年12月に本の雑誌社から出たものです。おやっと思ったのは、「八重山諸島・西表島」とか、「八ヶ岳山麓の村で」とか、「埼玉県、荒川の近く」とか、その写真を撮った場所を明記していること。これは椎名の写真集で珍しい。これはどうしてなの?

椎名編集者がやったんだろうなあ。

目黒なるほど。ええと、この本のあとがきで、本の雑誌社からは1988年の『海を見に行く』と、1990年の『小さなやわらかい午後』につづいて三冊目の写真本になった、と椎名が書いているんだけど、『海を見に行く』は写真集というよりも椎名独特の写文集だよね。だから、本書は本の雑誌社から出る椎名の2冊目の写真集であると訂正したい。それだけかな。他に、特に語ることはないのでこれまで一度も聞いてないことを聞こうと。

椎名なに?

目黒椎名がそもそも写真に興味を持ったきっかけは何だったのか。それをこれまで聞いたことがない。

椎名いづめ、って知ってるか?

目黒なに、そのいづめって?

椎名赤ちゃんを入れる竹の籠だな。田舎の民具だと思う。

目黒それがどうかしたの?

椎名おれの通っていた中学は荒れてたんだ。それはひどくてな。毎日が喧嘩の繰り返し。おれもほとんど毎日戦っていたから、気が休まらない。だから学校に行くのがイヤだった。学校に行けば、戦わなくちゃならないからな。

目黒喧嘩をしたくてしていたわけではないと。

椎名そりゃそうだよ。

目黒で、いづめがそこに関係してくるの?

椎名あるとき、いづめの中で赤ちゃんが眠っている写真を見たんだ。いいなあと思った。幸せそのものなんだ。喧嘩に明け暮れているおれたちとはまったく逆の世界だよな。だから、その写真を食い入るように見た。そのときだな、写真ってすごいなあ、力があるんだなあって。

目黒それ、これまで、エッセイとかに書いたことがある?

椎名いや、書いたことがない。

目黒いい話だぜ。もったいない。

椎名そうか。

目黒それが写真に興味を持つ最初のきっかけであると。それが第1段階とすると、次の第2段階はなに?

椎名兄貴がさ、スプリングカメラを持ってたんだ。

目黒なに、そのスプリングカメラって。

椎名レンズがカメラボディに収納されているやつ。

目黒収納?

椎名そうすると持ち運びのときに小さくなるし、衝撃に強くなって頑強になる。

目黒なるほどね。

椎名それをこっそり持ち出して、近所の友達を撮ったりした。で、フィルムを抜き取って現像に出してさ。カメラはまたこっそり戻しておけば、兄にもばれない。

目黒それもいい話じゃん。それが第2段階だ。実際に写真を撮ってみると。

椎名そうなると次は自分のカメラを欲しくなるよな。

目黒自然の流れだ。

椎名兄嫁の実家が鉄工場を経営していたんで、そこでアルバイトした。

目黒中学生が?

椎名普通なら問題だけど、兄嫁の実家だから。で、そのアルバイト代で安いカメラを買った。

目黒なるほど。今度は何を撮ったの?

椎名海とか汽車を撮りに行ったな。

目黒それが第3段階だ。そこまでにしておこうか。第4段階以降のことは、また写真集がテキストになったときに聞くことにします。

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