『麦の道』

目黒ええと、『麦の道』にいこうか。これは「青春と読書」に連載した短編連作です。1996年1月に集英社から本になって、1999年6月に集英社文庫と。高校生を主人公にした「自伝的熱血青春小説」と。ということは、ほぼ実話なの?

椎名そうだなあ。

目黒みんな、モデルはいるの? 主人公が淡い恋心を抱く佐野厚子を始め、文庫解説で太田和彦が「もっと書いてほしい!」と熱烈エールを送っているタマツクリさんとか、モデルはいるってこと?

椎名そうだな。おれ、このタイトルが好きなんだよ。

目黒麦の道?

椎名学校にいく近道があるんだけど、そこには不良たちがたむろしていて、怖いわけね。でもその道をいくと麦畑に出る。それが気持ちいいんで、高校1年のときは怖かったけど、2年になってその道を行ったときには、なにかこう大人になったような気がしたな。

目黒それ、すごくいい話で、それを聞くと題名にも奥行きを感じるけど、この本に書いてないよね。冒頭の短編がそのものずばりの「麦の道」で、ちらっとそれに近いことは出てくるけど、そんなに奥行きのある話になってない(笑)。

椎名いまこの焼き直しを書いているんだ。高校時代に限らず喧嘩人生を振り返るやつ。

目黒それではその作品をここで取り上げるときまで、とりあえずは待ちましょう。ええとね、実は面白かったんだ。というのは、思ったよりも殴り合わない。殴られても殴り返さず、痛みに耐えて我慢したり、あるいはどこかで遭遇してもにらみ合うだけで衝突しなかったりする。それがとってもリアルなんだよ。

椎名なるほどな。

目黒一つ聞きたいのは、このあとがきでね、「そこでは事実は小説より奇なり、を地でいくような出来事があってびっくりしたのだが、それはいつか書くかもしれない『続・麦の道』のために今は内緒にしておきたい」と椎名は書いているんだけど、その続編って書いたの?

椎名書いてない(笑)。いま書こうとしている。

目黒この小説に登場する人物にはみなモデルがいるということだけど、その後再会したりした人っている?

椎名この市立高校が創立50周年を迎えたときに、記念講演を頼まれてさ、行ってきたんだけど、それを依頼してきたのが中学から一緒だった男で、そのときはその町の消防署長。これが笑っちゃうんだけど、この高校の入学試験のとき校庭の隅で焚き火をしたんだ。寒い日だったから昼休みに同じ中学から受けにきた7人で。漁師町で育ったから、寒い日に焚き火をするのはごく自然で、どうということないんだけど、そのときは老教師が飛んできて怒られた。

目黒その挿話は冒頭に書いてるね。

椎名その7人の中にいたんだよ。おれに講演を頼んできたやつが(笑)。

目黒「乙千代高校の桜井」とはその後も会ってるよ。

目黒この小説のあとがきで「その後、全国高校ボクシング大会で優勝し、大学でも学生チャンピオンになった。そして一九六四年に行われた東京オリンピックの日本代表選手にまでなった。現在は南米のエクアドルに住んでいて、ぼくとの親交は続いている」と書いている人だね。この人については他の小説でも椎名は幾度か書いている。

椎名彼とは中学が同じでさ、そろそろ将来の進路を決めなければいけないってころに一緒に走ったことを覚えているなあ。走りながら、どうするって話したんだ。ボクシング部が強い高校があったから、彼もオレもその高校に行きたかった。で、ボクシングをしたかっ。でも、彼は合格して、オレは落っこちた。

目黒もしそのとき椎名もその高校に入っていたら、どういう人生を送っていたかねえ。椎名 わからんなあ。でも、一つだけ確実に言えることがある。

目黒なに?

椎名そうしていると、沢野とは会わなかった(笑)。

目黒そうか。椎名と沢野は高校で知り合うんだものね。待てよ、そうすると沢野の中学の同級生であった木村晋介とも、椎名は会う機会がないということになるぜ。

椎名なるほどなあ。

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