『南島だより』

目黒次は『南島だより』です。1992年5月にマガジンハウスから出て、平成13年4月に幻冬舎文庫に入った本ですが、この文庫はどうかなあ。

椎名文庫化のときに改題しているね。

目黒そうそう。『南島ぶちくん騒動』と改題している。そのときに別冊文春に書いた「南島マグロ騒動」を加筆して足している。

椎名これはマガジンハウスから出ているのか。じゃあ、マガジンハウスのターザンかなんかに書いたんじゃないかなあ。沢田がいたから。

目黒映画を作っているとその副産物として本が知らないうちに何冊も出来上がっていたりすることがありますが、この本もそんな1冊でぼくもよくわからないうちにあれよあれよというまに出来上がってしまいました、と『自走式』に書いてるね。ようするに、映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」のロケハンからクランクアップまで、島の生活や撮影の合間に撮りためていたスナップとその雑感をまとめたものだね。つまり写文集だ。

椎名沢田が映画のプロデューサーとして関わっていたから、あいつが無理やり作った本だよ。

目黒でも元版はちょっと洒落ているよ。悪い本ではない。柔らかな箱に入っていて、引き出すと横開きの本が出てくる。四六横開きだね。やっぱり写文集だから、文庫に比べると大きな本のほうがいいね。たとえばね、おれがいちばん気にいった写真、ワンサという黒い犬が上目遣いでカメラのほうを見ている写真。これ、文庫版の39ページに載っているんだけど、写真が小さいから、ワンサのおどおどした感じが伝わってこないよね。

椎名その犬は、子供たちが遊んでいるときにその前を横切るだけの役なんだけど、なかなかふさわしい犬がみつからなくて、助監督が島の保健所の保護室でみつけてきたんだ。保護室とはいっても一定期間が過ぎると殺されてしまうから、犬もわかるんだね。ずっと怯えているのさ。

目黒うちが飼っていた犬も真っ黒だったから、ワンサにそっくり。だから、すごく親近感がある。しかもうちの愛犬も踏み切り際に捨てられていたんで、ずっとおどおどしていた。なにもかもワンサと似ているんだ。何度もこの写真を見ちゃう。

椎名これはこの本にも書いたことだけど、撮影が終わってからワンサをどうするかって話になってね、島に置いていけばまた保健所に逆戻りだし、助監督があちこちに電話して福島の知り合いに貰ってもらうことになったんだ。

目黒それはよかったね。ただね、この文庫はどうかなあ。

椎名どういうこと?

目黒別冊文春に書いた「南島マグロ騒動」を「あとがきにかえて」と題して、この文庫の巻末に収録しているんだけど、それでもたぶん分量が足りなかったんだろうね。本文の下をあけてそこに注を入れている。分量が足りないときによく使う手なんだけど、普通は下をあけるといっても全体の3分の1以下だよね。ところがこの文庫版は下半分近くをあけているんだ。で、随所に注を入れることでスカスカ感を隠蔽しているんだけど、問題はその注が面白くないこと。

椎名なるほどな。

目黒注の全部が固有名詞の説明なんだ。それ自体が悪いわけじゃないけど、全部というのはね。たとえば「沢野ひとし」に注がついて、「イラストレイター。椎名の古い友人」というんだぜ。これはないよ。本来の注というのは、本文に奥行きを与えるものなのに、その機能をこの注は果たしていない。元版は沢田が強引に作った本だ、と椎名はさっき言ったけど、結構洒落ているし、悪い本ではないと思う。むしろこの文庫版のほうが問題だよね。

椎名思い出した。

目黒なに?

椎名映画が完成して全国を巡業しただろ? そのときに福島にも行ったわけだ。

目黒ちょっと待って。ワンサと再会したの?

椎名なんと壇上にあがって貰って、観客のみなさんに紹介した。

目黒おお。

椎名映画の中で画面を横切った犬ですって紹介したら拍手が起きた。

目黒いいじゃん。あっ、そのときのことをこの文庫版の注に書けばよかったんだよ。この文庫の刊行は平成13年だから、ええと、2001年か。じゃあ、もう全国巡業もとっくの昔に終わっているから、その後日譚を注に書くことは可能だったよね。出来れば、そのときに壇上に上がったときの写真も載せればいいよね。おどおどしている写真の横に、ふてぶてしくなって、椎名たちのほうをふんと見ている写真を並べてさ、ワンサもこんなに逞しくなりましたって注を付けるの。

椎名それがさ、大きくなってもまだおどおどしていた(笑)。

目黒可愛いなあ。

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