『さらば国分寺書店のオババ』その2

椎名当時の映画の話の続きだけどさ、あのころは公開が1週間なんだよな。考えてみればすごい話だよな。週刊誌と同じサイクルなんだから。

目黒そのころ覚えている映画ってある?

椎名鞍馬天狗かなあ。

目黒アラカン?

椎名そう。嵐寛寿郎が主演。うちの町の映画館じゃやってないから、千葉市の封切館まで行かなくちゃならない。千葉市までバスで10円。映画が50円だから70円もらって行くわけだよ。いまでも覚えているのは「危うし鞍馬天狗」ってやつがあったんだよ。

目黒正式な映画題名はちょっと違うかもしれないけど(笑)、まあそんな感じのやつね。

椎名鞍馬天狗が足を縛られて、井戸に逆さに落とされるんだ。杉作ゆるしてくれいーっと終わる。で、翌週にその続篇が公開されるわけだ。

目黒それは観にいくね。

椎名あれからどうなるんだろうってどきどきして観に行ったんだ。そしたら鞍馬天狗が井戸からロケットみたいにぴゅっと飛び出てきた(笑)。そんなのあっかよおって子供心に思ったね。腹立ったなあ(笑)。

目黒映画の話は、映画の本のときにもっと聞くので、このくらいにしておこうか。たとえば当時は小学校の校庭にスクリーンを張って、映画会をよくやったと思うんだけど、そういう話もそのときに聞きましょう。とにかく椎名の子供時代は、映画を観て、テレビを観て、マンガを見て、詩集を読んで、童話を読んで、探検記を読んでいたと。つまり本に囲まれていたと。

椎名そうだね。

目黒その中でもいちばん印象に残っているのが、ヘディンの『さまよえる湖』であると。11歳のときにこれを読んだということは、児童向けの版を読んだということ?

椎名子供向けの抄訳本だと思うよ。

目黒探検紀行全集を読みだすと『増刊号』の年譜にあるんだけど、その全集というのも児童向け?

椎名『15少年漂流記』とかも入っていて--。

目黒ああ、ノンフィクションも小説もごっちゃごちゃに入っているやつか。

椎名そうそう。そういうやつが小学校の図書室にあったんだ。

目黒ふーん。じゃあ、そろそろ中学のころに話をうつそう。中学生のころってどんな本を読んでたの?

椎名中1のときに、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』を読んだ。

目黒吉野源三郎は「世界」の初代編集長で、『君たちはどう生きるか』は戦前に山本有三が編纂した「日本小国民文庫」の一冊として刊行され、いまでは岩波文庫に入っている名著だね。

椎名中学1年のコペル君が学校で起こること、日常で疑問に思ったことを、おじさんとの手紙で書いていく。夢中で読んだなあ。

目黒ふーん。

椎名中3のときはもう荒れてたから、本はもう読まなかった。

目黒じゃあ、読書生活の再開は高校に入ってからになるわけだ。市立千葉高校に入学して沢野と同級生になると。

椎名沢野は読書家だったんだよ。あと同じクラスに上田凱陸というやつがいて、彼も読書家だった。この二人の影響が大きいね。たくさん読むし、それに読むだけじゃなくて彼らは書くんだ。その影響を受けてオレも書くようになった。だからオレが最初に小説を書いたのは学校新聞に載せた「白い手」。

目黒ほお。

椎名そのころはもうケンカしまくっていて、クラスでオレがいちばん強いって言ってたやつを倒したことがある。とにかく乱暴者として評判だった。それなのに、その「白い手」というのは純愛小説だから(笑)、本当にお前が書いたのかって言われた。

目黒何の実績もないやつが書いた小説をよく学校新聞が載せたよね。

椎名そうだなあ。

目黒あのさ、小説を書く話の前に、高校生のころに読んだ本の話を聞いておきたいんだけど、どんな本を読んでたの?

椎名沢野が持ってくる本を中心に読んでたな。今でも覚えてるのは『東京一淋しい男』って題名を覚えている。

目黒源氏鶏太だ。

椎名そうそう。それと、近藤啓太郎の『女教師』ってのを授業中に読んでたな。

目黒それ、どんな小説?

椎名ポルノだなあ。すっげえんだ。で、授業中に興奮してたら後ろから先生がきて、みつかって頭を殴られた。でもその先生が小山清に師事していて、同人誌で作品を書いたりしていたいい人で、椎名君、こんなの読んでるかと言われただけで怒られはしなかった。

目黒それは沢野から借りた本?

椎名どうだったかなあ。あいつは新潮とか文学界とかよく学校に持ってきていたな。にいちゃんのを持ってきたんじゃないかなあ。上田凱陸は田山花袋の『蒲団』とかを読んでた。

目黒高校生が田山花袋の『蒲団』を読むんだ。

椎名おれもそのときに読んだよ。

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