『活字博物誌』

目黒ええと、『活字博物誌』です。1998年に岩波新書の一冊として刊行された本ですが、岩波の「図書」に書いたものをまとめたものと思っていたら、筑摩の「頓智」に書いたものを足しているんだね。

椎名そうか。

目黒最初のほうにこういう一節がある。まず、これを引こうか。

そのうちに小才のきいた奴があらわれて、海岸にある海の家に人を集め、有料でテレビを見せた。料金は大人も子供も十円だったが、昭和二十年代はじめの頃の十円だからけっこうな値段だ。海の家はけっこう広かったから三百人くらいはいただろうか。しかし評判を呼んでたくさんヒトが集まるようになると、さすがにこれは不法商売であろうからじきにやらなくなってしまった。十円払っても見たかった我々としては残念しごくであった。

昭和二十年代はじめにテレビ放送はまだなかったから、これは間違いだね。NHKの放送が開始されたのは一九五三年二月一日だから昭和二八年。日本テレビの放送開始が翌年の八月二八日。街頭テレビのプロレス中継に人々が殺到したのは、だから昭和二十年代はじめではなくて、昭和三〇年代はじめだよ。

椎名こないだ増刷がかかったばかりなんだ。もっと早く言ってくれれば、そのときに直せたのになあ。

目黒このときのテレビ受像機は二〇〜三〇万円したというから、庶民には買えなかったよね。週刊朝日編の『値段の〔明治大正昭和〕の風俗史』によると、昭和三二年の公務員の初任給が九二〇〇円だから、その時代の二〇〜三〇万円はすごいよ。だから街頭テレビに群がったんだろうね。おれも見たなあ街頭テレビ。

椎名電気屋の前には大勢の人だかりが出来たよな。

目黒やがて家がテレビを買うようになると、部屋を真っ暗にして家族全員でテレビを見たというのも懐かしい。

椎名それは、村松さんが『私、プロレスの味方です』で書いている。

目黒あとね、「貧困発想ノート」という回が面白かった。特に、つきまとうハエの話。ある日、ハエが一匹部屋に入ってきてぶんぶん飛び回る。うるさくてしようがないので捕まえて殺そうとするが、これがしぶといやつでなかなかつかまらない。飛び回っていると目標が定まらず叩けないので、どこかに着地するのをじっと待っていると、これがこっちの待ち伏せを見抜いているようにそういう時になると全然着地しない──という状況を考えたとき、それをハエ側の立場から書けないか、と発想するわけ。で、「爪と咆哮」というタイトルで、ゴジラふうの怪物が海から陸にあがってくるまでの内面思考について書いたというんだ。これ、面白そうだよね、どの作品集に入っているの?

椎名それは『銀天公社の偽月』に入っている。

目黒じゃあ、これからテキストにあがってくるんだ。

椎名そうだな。

目黒あと、ここで紹介している『エヴァが目覚めるとき』という本も面白そうだね。少女の記憶をチンパンジーに移植する話。読みたいなあ。

椎名おれも読みたい(笑)。

目黒もう覚えてない?

椎名全然忘れてる(笑)。

目黒フォークの背にライスを乗せて食べるやり方──あのような面倒な喰い方をいつごろ誰がひろめたのかとこの本で椎名は書いているんだけど、誰が言いだしたのかこれはまだ解明されてないの?

椎名そうなんだ。あれ、絶対にヘンだろ。あんなに食べ辛い喰い方はない。

目黒「堀井のずんずん調査」があればねえ。こないだ出た堀井憲一郎の『かつて誰も調べなかった100の謎』って本、読んだ?

椎名面白そうだよな。

目黒週刊文春に連載したコラムから100本を厳選した本だけど、寿司を「1カン」と数えだしたのは平成に入ってからであるとか、こんなの調べたの、初めてじゃないかなあ。だから、スプーンの背乗せ問題も、堀井さんにぜひ調べてほしかった。

椎名よく調べるよな。

目黒あと、日本の代表料理御三家は何か、という話が出てくるけど、好きだよねえベスト3とかベスト5とか。そういうの、すぐに決めたがるよね。

椎名このときは代表料理御三家を何にしたの?

目黒寿司、すき焼き、天ぷらが一般的だが、ここから寿司と天ぷらを外して、カレーライスとラーメンを加えている。つまり、すき焼き、カレー、ラーメンというわけ。

椎名すき焼きはないな。牛丼だ。

目黒それでは、日本の代表料理御三家は、カレー、ラーメン、牛丼に訂正すると。

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