『孫物語』

目黒次は『孫物語』。これね、初出の記載がなかなか見つけられなかったんだよ。奥付対抗ページにも、目次裏にもなくて、どうせ「青春と読書」だろうと思ったけど、いや、この版形でこのタイトルだからね。一応確認しなけりゃならないから、何度もページをめくって、最後に奥付の記載を見つけたら「小説新潮」だって。ええと、小説新潮の2013年10月号から2014年11月号まで連載し、新潮社から2015年4月20日発行と。

椎名集英社が怒ってたなあ。

目黒『岳物語』から始まる椎名の私小説路線を彷彿する本だよね。

椎名しかもこの冒頭が、『岳物語』のラストから続くんだよな。

目黒そうか。

椎名しかもこのタイトルだしなあ。連載のときには通しタイトルがなかったんだ。「サンコンカンからの来襲」とか「屋根裏部屋で待っていた絵本」とか、目次に見出しが並んでいるだろ。その各回の見出しだけだったんだ、連載のときは。だから書名がこうなるとは思ってもいなかった。

目黒でもね、この本のあとがきに椎名はこう書いている

本にするにあたって編集者が『孫物語』にしましょう、と言ってきた。『岳物語』に似ているな、と思ったが、それは長い年月を経てこしらえられた大きな「生きる輪」ということであるのかもしれないなあ、と今は納得し、なるようにまかせている。

編集者の発案とはいえ、あなたが了承しているんだよ。知らない間に付けられたわけではない。人のせいにしてはいけないよ(笑)。

椎名そうか。

目黒それとね、ここに出てくる孫の名前が、波太郎、小梅、流となっている。これ、実際と違うよね。岳のときの教訓かな。あとで孫たちから怒られないように仮名にしたと。

椎名そうだな。それに関して面白い話があるんだ。海ちゃんがこの本を読んで、「じいじ、これ、矛盾があるよね」と言ってきたんだ。

目黒海ちゃんは幾つ?

椎名小学一年。もう「矛盾」なんて言葉を知っているんだ。

目黒すごいね。

椎名『三匹のかいじゅう』では本名にしたのに、ここでは名前を変えたことを言ったんだな。

目黒じいじとしては、そのときどういう返事をしたの?

椎名小説にはね、いろんなやりかたがあるんだって、もうたじたじだった(笑)。

目黒納得してくれた?

椎名どうかなあ(笑)。

目黒「著者は語る」で、椎名がこう言っているのが印象的だった。それを引きます。

この『孫物語』は小説というわけではなく、出版社はエッセイとカテゴライズしているが、ぼくにとってはどっちでもよかった。小説だとストーリーをずっと追っていかなければならないけれど、エッセイというジャンルになっていくと出来事から派生するいろんな面白話をそこに編み込んでいくことができる。とりあえずはある年の一年間としてこの話はまとまっているが、その後もかいじゅうたちは暴れ回っており、いつまたこの続きを書きたくなるかわからない不穏な可能性がある。

小説でもエッセイでも何でもいいんだけど、作者がこのように考えているというのが興味深いので、ここに引用しておきましょう。ええと、あとはこれかな。

椎名なんだ?

目黒こういうくだりがあるんですよ。「老境に入っていた養父母を含めて食卓は六人になった/義理の父は死んでしまった/やがて娘はアメリカにわたった」。この間、たったの10行なんだけど、問題はこの先。こういう文がある。「家族六人だった食卓はあっという間に三人になった」。いいですか。六人から、死んだ義理の父と、アメリカにわたった娘を引くと、残りは四人ですよ。それなのにどうして三人なの? あと一人はどこに行っちゃったの(笑)。

椎名おかしいなあ。まあ、いいじゃん、そんなの。

目黒百歩譲ってこれはいいとしましょう。でも、明らかな嘘を発見した。

椎名なに?

目黒こういうくだりがある。

「ずっとずっとむかし、娘や息子、それに妻と一緒にタクシーに乗ったりするとき、父親が怖くて仕方がなかった、と三人が口を揃えていうのである」
「タクシーに乗るとぼくがいつその運転手と喧嘩するかわからなかった、と三人は口を揃えていうのだった」
「よく覚えていないけれどあの頃はソトに出るとお前たちを守ろう守ろう、という気持ちがいっぱいだったんだよ。だからそういう心理があんなふうに」

椎名その通りだよ。

目黒これは嘘です。

椎名なんで?

目黒あのね、あなたは忘れているのかもしれないけど、おれと一緒にタクシーに乗ったときも運転手と殴り合いの喧嘩をしているんだよ。あのとき、おれを守ろうという意識があったの?

椎名お前を守る気はなかったな(笑)。

目黒でしょ。だから、家族を守る気持ちはもちろんあったろうけど、タクシーの運転手と喧嘩してたのはそれとは別の話で、若いころのあなたがとにかく喧嘩早かったから。それだけですよ。椎名の家族の気持ちがよくわかるよ。おれも若いころの椎名とタクシーに乗るのが怖かったもの(笑)。

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