『人はなぜ恋に破れて北へいくのか』

目黒ええと、『人はなぜ恋に破れて北へいくのか』です。サンデー毎日の2010年1月31日号〜11月14日号に連載された「ナマコのからえばり」をまとめたもので、シリーズの第4弾。2010年12月に毎日新聞社から本になって、2014年2月に集英社文庫と。なにからいこうか。そうか、これからいこう。

椎名なに?

目黒ある雑誌で映画評をしているという記述があるんだけど、これはなんの雑誌? ええと、2010年ごろだね。

椎名キネマ旬報。

目黒本になってないの?

椎名だって1ページだったかなあ。それで1年くらいだから、全然1冊分の分量がない。

目黒どういう映画をとりあげていたの?

椎名これがくだらないの。B級ばっかり。

目黒たとえば?

椎名「ムカデ人間」って映画知ってるか?

目黒なにそれ?

椎名4人の人間が繋がっているんだよ。マッドサイエンティストが手術で繋げちゃうの。一番前は日本人。

目黒外国の映画?

椎名そう。それでいちばん後ろが女性。で、ムカデのように歩くんだよ(笑)。

目黒歩くだけじゃ映画にならないから、ストーリーがあるでしょ? どんなストーリーなの?

椎名こんなことして何が面白いんだって日本人が演説してた(笑)。

目黒それ、公開した?(笑)。

椎名ばかばかしくて面白いだろ。そんな映画ばっかり紹介してた。

目黒読みたいなあ。

椎名別の雑誌に2年くらい連載した映画評もあるよ。そっちも無名の映画ばっかりとりあげていた。

目黒その2本があるなら、新しい連載をどこかの雑誌ですべきだよ。全部無名の映画というか、B級作品で統一してさ。それで1冊にすればいい。

椎名なるほどな。

目黒あのね、「逃亡するならどの国か」という項があって、ようするに移住するならどの国がいいかということなんだけど、椎名の選んだ1位が、アルゼンチンのブエノスアイレス。その理由がすごい。

椎名なんだ?

目黒覚えていない?

椎名全然。

目黒じゃあ、そのくだりを引用します。

ブエノスアイレスは洗練された街並みにいいかげんなラテン感覚が入り込んでいて楽しい。「日帰り誘拐」が流行っていて、亭主を拉致し、その女房に五十万円ぐらいの身代金を要求する。いらない亭主だとそのままにされるから亭主は怯えている。適当な緊張感と酒とアルゼンチンタンゴが脳髄を陶酔させて緩めてくれるから、一位はここかなあ。

という理由なんだけど、「適当な緊張感」って何よ。すげえ緊張だぜ。

椎名亭主がへそくりを溜めてたりするんだぜ。もしも誘拐されたらこれで身代金を払ってくれって。

目黒それ、現代の話なの?

椎名だって2010年に書いたエッセイだよ。

目黒2010年にブエノスアイレスに行ったときに、昔の話を聞いたんじゃないの?

椎名疑い深いなあ。違うよいまの話だよ。

目黒じゃあ、これはどうかなあ。

椎名なに?

目黒便意を我慢できずに自分の乗る新幹線じゃなくて、ホームの反対側に止まっていた新幹線に飛び乗るってくだり。自分のほうは出発まで間があるからトイレに入るわけにはいかないから、出発まであと3分という反対側の新幹線のトイレに駆け込んで、素早く用をたして発車寸前の新幹線からドアの閉まる寸前に降りてホームに生還すると。

椎名あれはきわどかったなあ。

目黒その最後の一行が「ふりかえるとドアのしまったそれは「のぞみ」であった」というんだけど、この意味がわからない。

椎名だから、のぞみを果たしたわけだろ?

目黒それだけのこと?

椎名そうだよ。

目黒そんな駄洒落落ちなの? つまんないよそれなら。この一行はいらなかったよ。

椎名どうでもいいじゃん。そんな細かいことは。

目黒まあ、そうなんだけどね。

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