186杯目:豚肉とキャベツ
こちら海のほうになります
東京都八丈町/椎名誠撮影
(Leica M9)
椎名最近あった面白いことを話しなさい。
竹田なんすか、その雑な指令は。
椎名漫然と生きるのはよくないからなあ。
竹田じゃあ椎名さんも面白い話をしてくださいよ。
椎名君の話次第だ。
竹田腹抱えて笑う面白さではないのですが、江東区の有名町中華で友人と飲んでたんですよ。
椎名瓶ビールか。
竹田ちゃんと気道確保してからロクサンサンをやりましたよ。しばらく楽しく飲んでいて、店員さんもベトナムの可愛らしい女性で「スブタオマタセシマシタ」と拙い日本語を使って懸命に給仕してくれたんです。
椎名異国語を使って働くのはすごいことだよなあ。
竹田本当にそうですよね。でもその店には日本人のおっさんも働いていて。
椎名ふーん。
竹田そのおっさんが「ピータン豆腐のほうお持ちしましたぁ」と大きな声で。
椎名おお、十大接客悪用語のひとつだな。日本人なのに恥ずかしい。
竹田そう。なかなか素早く動くおっさんではあったんです。でも、忙しいのは分かるのですが流暢に動くとことで「忙しい店を俺が切り盛りしてるぜ」的な自己陶酔が滲んでいる感じというか。友人と「よっぽどベトナムの子のほうがちゃんと接客できてるよなあ」とヒソヒソ話したんです。
椎名注意してやればいいのに。
竹田まさにそういう話なのですが、隣のテーブルにいた藍色の着物をお召しになった老女が、自己陶酔おじ店員が「こちら回鍋肉になりまぁす」と皿を運んで来た際に「ちょっとあなた」と。
椎名お、言ったのか?
竹田言ったんです。「豚肉とキャベツとピーマンを持って来て『こちら回鍋肉になりまぁす』だったら納得します。でも、これは回鍋肉というメニューですから『回鍋肉です』とだけ言ってくれればけっこうです」とおっしゃったんです。
椎名ははは。痛快ではあるなあ。
竹田それも文句をつけるというような悪意は感じられず「知識層が間違いを正すためのアドバイスをした」という光景でした。
椎名へえー。
竹田僕と友人は小さく拍手しました。
椎名その女性は何を飲んでた?
竹田紹興酒ですが、それ関係あります?
椎名やっぱりか。町中華で紹興酒を嗜む人はいい人なんだ。
竹田変わった持論すね。椎名さんはそうして注意したことはありますか?
椎名ないと思う。面倒だし。印象としては若者が間違った言い回しをマジメに覚えてしまっている気がする。
竹田この前『活字のサーカス』(岩波新書)が小学館から文庫化しましたが、そんなことを書かれてましたね。
椎名企業がそう定めているんじゃないかな。君、どこかのチェーン居酒屋あたりに入店して接客マニュアルを盗んできてくれよ。
竹田アルバイトのほう、お断りでよろしかったでしょうか?
椎名お、かなり錯綜しているな。
竹田この『活字のサーカス』や『殺したい蕎麦屋』(新潮社)、赤マントシリーズだと『ただのナマズと思うなよ』(文藝春秋)あたりのイチャモンエッセイは好きです。
椎名まるで定期的に怒っている人みたいじゃないか。
竹田実際そうですからねえ。年相応に難癖をつけている。
椎名問題提起と言ってほしいな。
竹田では最近ひっかかる問題は?
椎名考えておくよ。
竹田気になる議題があれば、引き続きここで取り上げましょう。
椎名誠:最近は体調が良いのでカクヤスに毎週、注文をしている。肝臓の数値も悪くない。酒がうまい。
竹田聡一郎:医者に「休肝日を週2日作りなさい」と言われた。フルマラソン2時間台で走れと言われたに等しい。