165杯目:郷土料理忘じ難し

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信級という古き良き村で食べた正しい朝食
長野県長野市/椎名誠撮影
(NIKON Df)

竹田ニューヨークより娘の葉さんが帰省していたんですね。

椎名そうなんだ。家の中が明るくなった。

竹田僕も一度、お酒をご一緒させてもらいました。

椎名あの人、よく飲むだろう。

竹田誰かさんそっくりです。

椎名むむ。

竹田しかし、マンハッタンから帰省ってすごいスケールだ。

椎名そうだなあ。でも、そういう日本人は多いみたいで、飛行機も直行便でなく経由便にやっと乗れたと言っていた。

竹田そうなのかあ。来日する外国人も多いですしね。いずれにしても新年と娘が一緒に来たんですね。なんだか縁起がいい。

椎名君は帰省したの?

竹田帰省といっても僕の実家は神奈川県秦野市。小田急線で1本なのでしょっちゅう行ってます。

椎名便利でいいじゃないか。

竹田まあ、確かにそうです。でも、父方の実家は鳥取なんですけれど、小さな頃、帰省や帰郷はお盆の墓参りさえやってしまえば、あとは海水浴に行ってちくわを食べるという楽しい家族旅行だったので、ちょっと物足りない。

椎名鳥取の人は海水浴でちくわ食べるの?

竹田竹田家だけかな。「ちむら」のとうふちくわと「青木商店」の板わかめで包んだおにぎり。これはマストです。

椎名板わかめってしょっぱいやつか。

竹田さすがよくご存知で。乾燥させたパリパリのわかめ。ご飯にも合うしツマミにしても優秀だし味噌汁に入れてもうまい。

椎名そういう思い出の味は楽しいよな。

竹田椎名さんの故郷の味はあるんですか?

椎名ワカメとつながるかもしれないけれど、千葉には「ハバノリ」と呼ばれる海藻があって、我が家ではお雑煮に入れていたな。

竹田ああ、集英社の学芸の森に連載中の「 失踪願望。 」で読みました。でも、そのハバノリが採れた海岸はもうないんですよね。

椎名そうなんだよ。郷愁については、幕張に対して「これこそときどき想い出す我が故郷ではないか!」とはあんまりならない。

竹田魯迅ですなあ。

椎名どちらかといえば「帰ってきたな、久しぶりだな」みたいな感情は小平とか小岩とか、あとは映画を撮っていた奥会津や八丈島、石垣島のほうが強い。

竹田なるほどー。それはそれでルーツや縁のある場所が多くて豊かな人生ですね。羨ましい。確かに奥会津に行くと「恵比寿屋旅館」のばあちゃんは「シーナさん、おかえり」っておっしゃいますもんね。故郷は遠きにありて思ふもの。

椎名室生犀星のあれは故郷に久しぶりに帰っても受け入れてもらえない詩じゃなかったか?

竹田そうですっけ。

椎名形は違うかもしれないけれど、コロナの時なんかみんなそんな感じだったのかもなあ。

竹田そうかもしれません。故郷は人それぞれ。葉さんはもう帰米されたんですか?

椎名行ってしまった。向こうでは基本的に自炊しているようで食材を携えていったよ。

竹田ははは。『眺めのいい部屋』(集英社文庫)だっけな。一枝さんの著書で料理がらみの記述を拝読していると、それも頷ける。葉さんは酒と出汁への愛でできている、いわば出汁割り人間ですね。

椎名さっき言っていた鳥取の乾燥わかめ、食べたいな。

竹田わかりました。とうふちくわとセットでお持ちします。

椎名おお、ありがとう。楽しみにしているよ。

竹田はばのり雑煮もいつか食べさせてください。

椎名誠:バカ旅酒作家。映画とウイスキーが好き。BSで寅さんがやっているとつい見てしまう。今年は腰痛が緩和するといいなあ。

竹田聡一郎:麦酒フリーライター。カーリングの日本選手権が2月に横浜で開催されるのでちょっと忙しい年始だ。みなさま横浜BUNTAIでお会いしましょう。

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