156杯目:霊感と鈍感
東北はナニカがたくさんいる気がする
青森県だだっぴろい野原/椎名誠撮影
(NIKON Df)
竹田前回、ポーランドのからみでアウシュビッツについて触れたんですけれど。
椎名はいはい。
竹田椎名さんはこの前「俺には霊感みたいなものはない」とおっしゃっていたんです。
椎名うん、ないと思うよ。
竹田しかし、92杯目でアウシュビッツとか、キジムナーとかについて「なんかいるだろうな、と感じることはある」と。『旅先のオバケ』(集英社)でも書いています。
椎名うーん、「霊感」って言葉の定義が難しい。
竹田あーなるほど。例えば英語だと「inspiration」、「spiritual」、「psychic」などといくつかあるくらいですしね。かなり広い。
椎名そうそう。アウシュビッツには史実であったり感情だったりが乗っかってくるから「なんか感じる」という主観がどうしても入ってくる。
竹田霊感イコール、オバケが見える、とか単純なことじゃないんですね。
椎名墓参りだってそうだ。
竹田どういうことですか?
椎名元も子もないことを言うが、墓参りなんて行っても行かなくても生活はそう変わらないだろう。
竹田そうですかね。徳を積んだような気がするから精神的に充実しますけれど。
椎名それがまさに霊感の一種なのかもしれない。ご先祖様のために墓石を掃除してお供物を置いたからとて、貯金額が増えたり、裏ドラがのったりするわけではない。
竹田確かに「墓参り行けなかったな」というなんか申し訳なさと居心地の悪さ、逆に「よし、墓参りできた」という充足感みたいなものは、非科学的で説明できない。
椎名宗教的な考え方もあるかもしれないけれど、それだっていわば霊感ですよ。
竹田なるほどー。
椎名だから何か感じるというのは、そこに情報や感情があるから、という考え方もできる。
竹田椎名さんって意外とロジカルなことを言う時がありますね。
椎名霊感なんていう捉えどころのない言葉はそれぞれの解釈でいいんだ。俺だって墓参りはする。
竹田ふんふん。
椎名だけど、それを商売にされたりするとぶん殴りたくなるな。
竹田いわゆる霊感商法とかですね。一部のエセ宗教なんかはそんな勧誘や謀がありますねえ。あれは気分が悪い。
椎名あとは、そんなに直接的なことでなくても、葬儀でプロの司会のオバチャンやおっさんが知識なのか蘊蓄なのかを織り交ぜて「ここで感動してくださいよ」「涙を流すポイントですよ」とわざとらしい抑揚をつけて話をするのも腹が立つ。
竹田そんなくだりが『ぼくがいま、死について思うこと』(新潮社)にあった気がします。感情の起伏なんて人それぞれなのになあ。
椎名ひょっとして現代では誰かに合図を出してもらわないと感情を表現できないのかもしれない。
竹田レプリカント的な。
椎名久しぶりに『ブレードランナー』見たいな。
竹田そういや『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』つながりですが、羊の「sheep」という英単語は悪い意味で従順とか盲目とか使われたりもしますね。
椎名そうなのか。
竹田何かを判断する時、直感に従うよりも検索したり誰かに聞いたりして事前に処理することも多い。生き物として判断能力が衰えているとも言えるかもしれません。
椎名特に現代は情報ばかりが溢れているだろう。「ワインが身体にいい」という人もいれば「いや、添加物が入っているからダメだ」という人もいる。
竹田それらを議論する際にエビデンスという言葉が乱用されているのも個人的には嫌です。
椎名見ず知らずの他人の言うことなんてあんまり気にしなければいいんだけど、それが難しいんだろうね。鈍感というのはある意味では強さだと思うよ。
竹田そんな時代なのかもしれないですねえ。なんでこんな話になったんですっけ?
椎名霊感。
竹田おお! 今まさにお告げがありました。今夜はジンを飲めと先祖が言っています。さあ、犀門に行きましょう。
椎名いちばんのバカオバケは君だな。
椎名誠:酒呑み作家。最新刊『思えばたくさん吞んできた』(草思社)が好評発売中。
竹田聡一郎:ビール偏愛フリーライター。新幹線で思えばたくさん酔ってきたが、周囲には好評ではない。