146杯目:暑いところと寒いところと遠いところ
なかなか冒険はできないけれど、そろそろキャンプがしたい
富山県富山市/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
竹田この前、「椎名誠の街談巷語」を拝読したんですよ。
椎名夕刊フジか。
竹田あれ、スマホに文句言ったり、選挙戦に呆れたり、夏の暑さに逆上したり、脈略なくておもろいですね。
椎名そんな言い方だと怒ってばかりのヒトみたいじゃないか。けっこう事実だけど。
竹田だから「想像を絶した気温45度の『ハエ大陸』の恐怖」は冒険家シーナの一面が勉強になりました。引用すると「濃厚で重い熱波にとり囲まれる恐怖」とありますが、45度って体感するとそんな感じなんですね。
椎名空気が熱くて重くて息が吸いづらくなる。
竹田ひええ。『恐るべき空白ー死のオーストラリア縦断』(アラン・ムーアヘッド/早川書房)には、記録用のペン先が乾くという記述がありますが、臨場感ありますよね。
椎名実際に体験すると、とても説得力があるぞ。
竹田と思えば、冒険家シーナは正反対の氷点下50度も経験しています。
椎名空気が冷たくて重くて息が吸いづらくなる。
竹田おおお、極暑も獄寒も同じ現象になるのかあ。僭越ながら僕も北海道の陸別町で氷点下21度っていう経験はあるのですが、もはや寒いというか肌が痛かったです。『 シベリア夢幻 』(情報センター出版局)は『零下59度の旅』(集英社)として文庫化していますが、マイナス59度って、ちょっと想像つかない。
椎名凍傷に気がつかないからね。
竹田ひええ。椎名さんは『漂流者は何を食べていたか』(新潮選書)でも地元の人に「水を飲んだら死ぬぞ」と言われて驚いたとも書いています。
椎名そうそう。最初は「嘘だ。水なんだぞ?」と思ったけれど、ちょっと考えたらいかにもありそうで飲まなかったからまだ生きている。
竹田食糧のパンが凍って重く、飛んでいる鳥が落ちるという記述も怖い。
椎名マツ毛が白く凍るから夢の中の風景みたいになっているよ。
竹田よく気候をテーマにした映画やなんかで「気温が低くて燃料が凍結するぞ」なんていう場面があって、それは「ふーん、そうなんだ」としか思わないけれど、「凍ったパンが重い」は想像力を掻き立てますね。
椎名 昔の探検家や冒険家なんかはみんなそうなんだけれど、基本的には事実を淡々と短い文で重ねてゆく。その中に身近な食べ物や持ち物が差し込まれると、一気に読みやすくなる。
竹田なるほどー。時々、わしらでも旅とか探検について話しながら酒を飲むと「現代はなかなか探検ができなくなってしまった」という話になるじゃないすか。
椎名秘境も魔境も未踏もなくなりつつある。あるとすれば宇宙とか海底。
竹田そうかもしれませんね。でもそこはテクノロジーなしではたどり着けないので、椎名さんが憧れたヘディンやリヴィングストンとの旅とはジャンルが違うかもしれない。
椎名そうなるよな。
竹田2005年に岩波書店から『 冒険に出よう 』というジュニア新書が出ていますが、そういうメッセージも今は発信しにくいんですかね。
椎名でも諦めることはない。昨年、斎藤茂太賞授賞作『トゥアレグ 自由への帰路』(デコート豊崎アリサ/イースト・プレス)なんかは現代ならではの冒険と言っていい。
竹田トゥアレグ族のアフリカキャラバン同行と、先進国の経済搾取により変化を余儀なくされる民族の伝統と生活。おぉ、あれは確かに現代の冒険ですね。
椎名君の言うようにジャンルは違うかもしれないけれど扱うべきテーマで、まだまだ本物のジャーナリストはいるということを知った作品でもあった。
竹田テーマと対象さえ考えればまだまだノンフィクションやドキュメンタリーも面白いんですかね。社会主義国の現在を追う、とか。
椎名そうそう。いいじゃないの。
竹田最近、平沼義之さんの『廃道探索 山さ行がねが』(実業之日本社)や高野秀行さんの『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』(文藝春秋)を読んだのですが、エンターテイメントとしても冒険としても素晴らしい作品でした。
椎名結局、着眼点と好奇心なんだよ。若い人にはどんどん冒険してほしい。
椎名誠:バカ旅酒作家。夏休みの宿題はけっこう好きだった。工作などをよくやった。
竹田聡一郎:フリーライター。怪しい雑魚釣り隊副隊長。夏休みの宿題は嫌いだった。