95杯目:折ったら飲むな。飲むなら折るな。

95杯目

満身創痍ながら平和三色を目指す漢の中の漢
東京都新宿区/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 8)

椎名おお、どうした?

竹田骨折しちゃいました。

椎名なんでまた?

竹田ある夏の日の午後です。猛暑が続く東京の街には風はほとんどなくてアスファルトからは陽炎が……。

椎名短めで頼む。

竹田自転車で派手にすっ転びました。

椎名お、シンプルだね。事故ではなかったの?

竹田はい。信号が変わりそうだったから急いだとか、重い荷物を持ってたとか、携帯をいじっていたとか、ダンプに轢かれそうな子猫を助けたとかではありません。純度100%の自爆転倒ですね。

椎名折れているの?

竹田左手の小指の下のほう。正式には第5中手骨骨折だそうです。

椎名なんか大袈裟だな。もっと自業自得転倒ザマミロ挫傷炎とか、小指ポッキリ馬鹿とか、そういう名前にしたほうがいい。

竹田後者は悪口です。でも、まあ、本当にアホなので反論できない。

椎名転んで手をついたってこと?

竹田おそらくそうだと思います。咄嗟に受け身みたいな感じで。小指と薬指の間と、額も裂傷して出血してたんです。そしたら日傘を差してたお姉さんが「大丈夫ですか?」と鈴を転がすような声で心配してくれて。

椎名おお、いいではないか。

竹田でも、痛いのと暑いのと恥ずかしいので混乱していて「ありがとうございます。大丈夫です」と返してしまいました。バカなことをした。

椎名なんで?

竹田「痛くてたまらないので膝枕してください」くらい言えば良かった。

椎名あほや。もう一回転んで右の小指も折れれば、また会えるんじゃないか?

竹田いいアイデアですねーって、オイ! なんてこと言うんだ。

椎名ははは。

竹田何、笑ってんすか!

椎名でも小指は手も足もぶつけると本当に痛いからなあ。

竹田椎名さんが自動車事故で死にかけたのって20歳くらいでしたっけ?

椎名そうだね。

竹田その時は骨折しなかったんですか?

椎名したんじゃないかな。頭蓋骨がえらいことになっていたのは覚えている。とにかく1ヶ月以上、身動き取れなかったし。

竹田おお、なんかスケールが違う。小指くらいたいしたことないと思えました。利き手は無事だし。

椎名酒は飲めるの?

竹田金曜日の午後に転んだんです。様子を見て痛かったら翌日に病院へ、というのが週末に入るとできなくなりそうだったので即病院に行ったら、「晩酌は我慢してね」と釘を刺されてしまいました。

椎名飲まなかったの?

竹田それがですね、飲んじゃったんですよ。

椎名不思議そうに言ってるけれど、自分で飲んだんだろう。

竹田情けなくて、痛くて、こりゃ飲むしかねえな。と思って。そしたら夜中にしっかり痛くなりました。血行が良くなるんでしょうね。

椎名けっこうなことだね。

竹田ん?

椎名なんでもないよ。続けてくれ。

竹田夜中に痛くなってベットの上でうずくまって「ごめんなさいごめんなさい」と謝ってました。

椎名医者の言うことは聞くものです。

竹田でも椎名さんも同じ状況だったら飲むでしょう。

椎名飲むだろうなー。やることないもんな。

竹田本当にそうでした。

椎名全治何週間?

竹田とりあえず4週間はみてくれ、と言われました。

椎名カルシウムを摂りなさい。

竹田牛乳、青魚、納豆とかっすね。

椎名焼酎の牛乳割はうまいよ。なめろうと納豆を肴にすれば怖いもんなしだ。お大事に。

竹田おお、豪華な晩餐になりそうだ。骨折も悪くないっすね。

椎名誠:バカ酒旅作家。黒ビールとレバーでこの夏は乗り切りたい。ネギマもいいヤツだ。せせりとつくねも外せない。

竹田聡一郎:漂流フリー麦酒ライター。骨折のせいで生ビールのジョッキをうまく持てないので、この夏は瓶ビールで攻めたい。

<<<94杯目    96杯目>>>

旅する文学館 ホームへ