82杯目:新宿には犀がいる

82杯目

某テーマパークばりに「隠れ犀」がいる
東京都新宿区/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 8)

竹田飲んでますかぁ。

椎名飲んでるよ。君はこの前、犀門(さいもん)で破壊的に酔ってたな。変な踊りを踊ってたぞ。

竹田お、バンブーダンスを見ることができたとは、あなた幸運ですな。

椎名鬱陶しかったぞ。

竹田気付いたら椎名さんいなかったもんなー。ひどい。

椎名ひどくはない。

竹田タケノコがうまくて、仙禽が進みました。

椎名確かにタケノコはうまかった。

竹田葛原シェフが毎春、掘りに行ってるんですってね。

椎名茨城県に秘密の山があるって言ってたね。アク抜きして持ってきてくれるんだ。ありがたいよ。

竹田ええ、椎名さんのご自宅に? いいなあ。ずるい。また踊るから僕にも分けてください。

椎名じゃあダメ。単純な焼き物や煮物で十分にうまいよ。あとはタケノコご飯。

竹田ずるい。近いうちにまた犀門行きますわ。

椎名踊るなよ。ところで犀門はなんで犀門っていうの?

竹田1989年の開業以来の上客なのに知らないのですか?

椎名トクヤがサイが好きなのか?

竹田さかのぼること44年前、1979年ですね。居酒屋やキャバレー喫茶店などで働きまくった勤労青年・太田篤哉さんが独立して池林房(ちりんぼう)をオープンしました。

椎名酒池肉林からとった名前だろ? それは知っている。

竹田そこから陶玄房(とうげんぼう)、浪曼房(ろうまんぼう)と続き、「房」が3つになったし、地下の店である“房グループ”とは異なって、ビルの4階。初の地上店ということで違う名前をつけたかったらしいのです。

椎名トクヤが?

竹田そうです。当時は環境問題などが取り沙汰されはじめていた時期で、植物とか動物とかの名前が入るといいなあ、と常連でもあったメディア関係者に相談してたんですって。

椎名ふんふん。

竹田細かい話は端折りますが、そんな経緯からサイモンって、いいんじゃないですか、という案が出たそうで。日本最大の乗降者数を誇る新宿駅を巨大な「門」に見立てた部分もあったようです。

椎名なるほど。響きもいいよな。

竹田篤哉さんがまさにそれをおっしゃってました。さいもん、サイモン。日本語としても聞き取りやすいし、外国語のような響きも持つ。

椎名ちゃんと考えてたんだな、あいつ。

竹田サイモン&ガーファンクルやニール・サイモンといった彼が好きな舞台や音楽などの芸術にも通じるし最高の店名だ、ということで犀門。今夜も元気に営業中です。

椎名犀門はさ、静かなんだよ。池林房なんかは賑やかでいいんだけれど、しっかりした編集者と腰を据えて打ち合わせしたいとか、文学が大好きな記者と文学論を交わしたいという時は犀門を使わせてもらっている。

竹田それに関しては雑魚釣り隊の中でも意見がありまして。

椎名どんな?

竹田椎名さんが池林房で打ち合わせしている時は乱入してOKだけど、犀門で乱入すると「いま、大事な話してるから」と冷たい対応をされる、と。

椎名そうかもしれない。

竹田だから雑魚釣り隊の打ち合わせは絶対に池林房。

椎名うるせえからな、お前らは。

竹田まあ、そう言われると返す言葉はないです。

椎名意識してなかったけれど、使い分けているかもしれないな。

竹田でも気持ちは分かります。僕もデートでは池林房には行きません。そのへんをうろついている、ベンゴシとか童夢とかコンちゃんに闖入されるのはまっぴらです。でも犀門に行くと葛原さんがわざわざ挨拶してくれて「今日は厚岸の牡蠣が届いたよー」とか教えてくれるので、ちょっと常連感も出て女性にいい顔できる。

椎名踊るなよ。

竹田たぶん大丈夫っす。

椎名あんまり褒めすぎるのも気持ち悪いけれど、内装もいいんだよ、犀門は。どっしりとしたテーブルがあって、ゆったりスペースをとっているから落ち着いて飲める。

竹田ほんとですね。だから踊れる。

椎名出入り禁止になるぞ。

竹田もうなってたらどうしよう。ちょっと行ってみません?

椎名嫌だよ。

竹田春から夏に向かって、新じゃが、春しらす、初鰹あたりが入るはずです。

椎名……仕方ない。一杯だけな。

椎名誠:旅するバカ酒作家。春巻きと大相撲と冷えた生ビールが好き。

竹田聡一郎:旅するフリーライター。菜の花と堂林翔太と角打ちが好き。

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