81杯目:行脚と精算と貧乏

81杯目

55年後のあの辺り
東京都江戸川区/椎名誠撮影(ニコンDf)

竹田先日、電話をいただいていました。ちょいとバタバタしてて応対できず、申し訳ありません。

椎名いや、いい刺身をもらったから新宿でちょっと飲んだだけだ。またどっか行ってたの?

竹田そうっすね、いろいろと。貧乏ひまなし。えっさほいさ。

椎名年中アホみたいにどこか行ってるな。どこ行ってたの?

竹田……えーとですね、ちょいとこの春はバタバタしておりました。北海道方面が何度かあって、神戸、そのまま兵庫の相生。あとは博多と鹿児島も行きました。近場では小田原や川口なんてのも。東京にいる時は新宿で徹夜で麻雀をしました。

椎名そんなに激しく動いてるのか。狂ってるな。バカじゃないのか。

竹田ふはははは、かかったな!

椎名どうした? 疲れてるのか。黒ビールでも飲みなさい。

竹田狂っても疲れてもいません。黒ビールはいただきます。実は上記のスケジュールは僕のものではありません。僕はこの春、札幌や甲府や富山にちょこちょこっと行っただけです。

椎名どういうこと?

竹田馬追い旅日記』(集英社)に収録されている、作家であり当時は映画監督としての稼働も多かった椎名誠、あなたの記録なのです。

椎名おのれ、謀ったな。

竹田年中アホみたいにどこかに激しく行っていた荒くれ痛風オヤジはあんただ!

椎名なんか増えてないか?

竹田体調悪い時もありながら雪中キャンプを敢行し、なんだかよく分からないけれどコスタリカの式典に呼ばれたりもしています。

椎名そうだっけ。

竹田1994年3月と4月の記録ですから、ほぼ30年前。今より確実に交通手段は少なかったはずなんですが、元気ですなあ。

椎名元気があればなんでもできた。

竹田フリーランスとして素朴な疑問なんですが、いくつかの仕事が重なった時の経費ってどうやって申請や精算をしてたんですか?

椎名俺が分かるわけない。事務所のスタッフに任せているから。もちろん自分で飛行機や電車のチケットを買うこともあったけれど、それを渡すだけ。

竹田フリーランスが言ってみたいセリフ第5位「事務所のスタッフに任せている」が出ましたな。でも、サラリーマンをやめた頃はまだ事務所もなかったし、そういう事務仕事をご自身でこなしてたんですかね。

椎名編集者がやってくれるケースもあったし、一枝さんのお母さんが経理に強い方だったのでかなりお世話になっていた。

竹田出版社ごとにフォーマットやルールが違う、あの面倒な経費精算を自分でやったことないんすね。いいなあ。

椎名君はその精算をしているの?

竹田そりゃしますよー。しなきゃお金ないですもん。あの場所の取材でどの記事を書いたからそこへの交通費はA社に申請してでもB社にもコメント出したから取材対象者と会合した回転寿司の領収書はそっちにお願いしようとか。やり繰りはフリーランスの資質や技術なのかもしれません。あくまで個人の意見ですが。

椎名大変だし、面倒だろうね。

竹田そうか、椎名さんは収支とか出納とか強く意識したことないんですね。いいなあ。そもそもお金の話、しませんもんね。

椎名あんまり好きじゃない。

竹田以前、どこだったっけな。バリ島だっけな。海でビール飲みながら「人に金を貸したら返ってこなかった」という話になって。

椎名ああ、西澤がしてたんじゃなかったっけ。

竹田そうでしたっけ。でも僕は椎名さんが「俺だってそんな話、いくらでもあるぞ」と話してくれたのが印象的で。

椎名実際にあった。

竹田みんなでおそるおそる聞いたら軽自動車が平気で買えるくらいの金額で、ぎょえーって。

椎名誰もが「絶対に返しますから」って言うんだけどね。

竹田そうそう。その時もそうおっしゃっていて、だから椎名さんが「どうせ返ってこないんだから、いっそ『ください!』って言ってくれれば、『わかった』って渡すのにな」と。

椎名そんなこと言ったっけ。

竹田言いました。直後、西澤、近藤、竹田が一斉に右手を差し出して「椎名さん、5万円ください!」って。

椎名バカだなあ。

竹田5万円っていう金額が揃うあたり、小市民ですわな。結局、くれなかった。話が違う。

椎名あげるわけないだろう。

竹田あとは確か外房だったんですけれど、海で野球してて。10人くらいいたかな。

椎名他にもあるのか。

竹田昼になって腹へったから椎名さんが「太陽、コンビニかなんかで弁当と缶ビールを適当に買ってきてくれよ」って、財布から3万円を出したことがあったんです。太陽さんと童夢と竹田で「おい、コンビニでどんだけ弁当を買っても3万円は使い切らないぞ」「金銭感覚も壊れてるんだな」って陰口を叩きながら買い出しにいって、2万円以上お釣りを戻すと「なんでそんな安いんだ」と謎の文句を言いながら、まっさきにいちばん安い海苔弁を食ってました。

椎名なんかアホみたいじゃないかよ。

竹田弁当とビールを買ってもらってアホとは言いませんが、椎名さんは浮世離れしたところはあるかもしれませんね。東京メトロの初乗りがいくらなのかご存知ないでしょう?

椎名Suicaは持っている。

竹田チャージできますか? モバイルと連動していますか?

椎名そんな専門的なことは知らない。黒ビール、もっと飲みなさい。

竹田飲みます。よし今度、やりましょう。吉野家の牛丼、スポーツ新聞、牛乳1本、キャベツひと玉etc……。それぞれいくらなのか答えてもらう。

椎名わからないだろうな。昔、仲間と小岩で住んでいた時はすごく敏感だったのにな。「バカ野郎、コロッケはスーパーのほうが安いけれど、あっちの肉屋のほうがでかい。半分に割って食おうぜ」とか。

竹田バカっぽいけれど、いい話だなあ。

椎名お金はなかったけれど、お金がない時の記憶のほうが鮮明なのはなんでだろうな。

竹田その時代に戻ったらいいんじゃないですか? まず、僕に5万円ください。

椎名バカめ。

椎名誠:旅するバカ酒作家。春巻きと大相撲と冷えた生ビールが好き。

竹田聡一郎:旅するフリーライター。菜の花と堂林翔太と角打ちが好き。

<<<80杯目    82杯目>>>

旅する文学館 ホームへ