72杯目:シーナは日々、推し活にいそしんでおります

72杯目
世界でもっとも美味しい液体
北海道北見市/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 8)
 
 

竹田 椎名さんの「推し」はなんですか?

椎名 おし? お酢?

竹田 酸っぱくはないです。どちらかと言えば甘いかな。まあ僕も言ってみたものの、使わない言葉ですが。

椎名 ちゃんと説明してくれよ。

竹田 推薦の「推し」です。元々はアイドルグループなどのファンが使い始めた表現だとされています。10人も20人もいるグループの中で特に誰が好き? みたいなところからなんですかね。

椎名 たくさんいる場合は、見分けつくの? 戦隊モノみたいに5色とかにすればいいのに。

竹田 メンバーに担当色をつけるのは常套手段かもしれませんね。そういったグループは既にいくつもあります。

椎名 ふうん。いろいろいるんだね。

竹田 アイドル全盛時代は過去です。昨今のアイドルは生き残りのために日々、細分化されているのです。歌やダンスはもちろん、年齢でくくってみたり、ぽっちゃり系のグループがいたり、釣りをするアイドルもいました。極め付けはSDGsに特化したグループまで登場しました。

椎名 ううむ、そのSDGsっていうのもまるで分からない。

竹田 耳触りだけがいい言葉が増えましたよね。近いうち、それらについての意見を聞かせてください。

椎名 まだよく分からない。

竹田 えーとですね。分かりやすさを優先して挙げるとですね、怪しい探検隊の中では、東ケト会、いやはや隊、雑魚釣り隊、どれがいちばん好きか。さらに登場人物では誰が好きか。陰気な小安なのか、リンさんなのか、長崎のドレイ兄弟なのか、ということです。

椎名 それを他人に表明してどうなるの?

竹田 アイドルやアニメの場合はそれぞれのメンバーやキャラクター、自分の「推し」のメンバーを「推しメン」と呼ぶのですが、推しメンのグッズなどが売っていて、それを買うわけです。陰気な小安キーホルダーとか、リンさんチャーハンフィギュアとか、天野の等身大漬物石とか。

椎名 いらない。

竹田 僕も自分で「何言ってんだ、俺」とは思いましたが、そういうことです。

椎名 つまり何が好きか、誰が好きか、ってことね。

竹田 そういうことです。僕も芥川賞作品『推し、燃ゆ』(宇佐美りん/河出書房新社)を読んで勉強しました。若い世代は初対面でも「推しは?」と聞いたりするようです。

椎名 自己紹介みたいなこと?

竹田 そういう意味合いもあるのかもしれませんね。会社名や出身地ではなく、もっとパーソナルな部分を手っ取り早く知ることができる。

椎名 ふーん。君の場合はどうなるの?

竹田 僕の場合は「広島カープ推し」ですね。推しメンは堂林翔太と西川龍馬。椎名さんに「推し」を当てはめるとですね。

椎名 やめてくれよ。

竹田 圧倒的に生ビール。池林房を箱推ししていて、推しメンは太田トクヤということになります。推し活にはかなりご熱心ですなあ。

椎名 なんだかすごい嫌なことを言われている気がする。

竹田 なんでも「推し」でくくることには、僕も違和感を持っています。伝統あるものをひとくくりにしたくはありませんが、相撲には古くからタニマチという存在が、宝塚なら御贔屓様がいます。だいぶライトになりますが、推しというのはその現代語と強引に解釈できなくはない。何が好きか、というのは否定できないし、どの世界も時代も共通ですから。

椎名 理屈は分かったよ。相撲も宝塚も一緒にしないでくれ、と思うだろうけれど。

竹田 あくまで例です。

椎名 でもさ、好きなものなんて別に自分ひとりで楽しめばいいわけじゃない。なぜ他人に知らせるの?

竹田 おっしゃる通りだと思います。でも、SNSの隆盛なども関連するのかもしれませんが、「誰かとこの気持ちを共有したい!」という気持ちを前面に出す「シェアの世の中」になっていますからね。まあ、当人同士が楽しければいいのですが、僕も推しの同志みたいなものがいるとしたら、直接、会ってビール飲みながら語りたいです。

椎名 そうだよなあ。

竹田 最近はさらに「沼る」という表現もあってですね……。

椎名 もういいや。そのあたりの知識はまったくいらない!

竹田 ですね。また来週。

椎名誠: 旅するバカ酒作家。井上陽水が歌う「コーヒールンバ」が好きだ。

竹田聡一郎:旅するフリーライター。最近はスカパラとくるりを聴いています。

旅する文学館 ホームへ