64杯目:その男、メグロ
夏に受けたメグロによる取り調べ
東京都新宿区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
竹田 コロナはまだまだ油断ならないですが、椎名さん、いかがお過ごしですか?
椎名 元気だよ。でも寒くなってきたので熱燗なんかどうだい?
竹田 いいですねえ。ぜひやりましょう。さてさて、師走なので椎名さんの今年の下半期のスケジュールを遡ってみたら、けっこういろいろな人に会っていました。
椎名 そうかもなあ。特に目黒(考二)とたくさん話した気がする。
竹田 コロナの世界に突入して以来、2年半ぶりに感動の再会を果たしています。ふたりとも感極まって強く抱擁したあと、ボロボロと涙を流したと聞いています。
椎名 嘘をつくんじゃないよ。普通だった。しかし彼の声は大きかった。
竹田 そうなんですよね。僕はこっそり物陰から見ていたけど、ふたりとも不自然なくらい普通で、淡々とその日の対談をこなしていた。
椎名 男同士なんてそんなもんだろ。
竹田 その後も、インタビューであったりちょっとした会合であったりで、確かに目黒さんと高頻度で会ってますよね。
椎名 インタビューを受けると分かるんだけれど、彼は話すのもうまいよね。あくまで「椎名はこう書いているけれど、昔はこういうふうに言っていたんだ。本当のところはどっちなの?」と材料を出した上でシンプルな質問をしてくる。
竹田 僕が目黒さんについて所感を陳ずるのは恐縮なんですが、あの人って「しっかり他者に興味がある人」だと思うんです。
椎名 どういうこと?
竹田 椎名誠をはじめ、作家や編集者についての話をよく記憶しているのは職業柄、当然といえば当然なんです。でも、話を聞いていると例えば本の雑誌の元アルバイトの子とか、地方の仕事のできる書店員とか、競馬で遠征した時に泊まったホテルの朝飯会場のスタッフのことまで覚えていて、上手に話をしてくれる。逆にあんまり自分の話はしない。
椎名 ううむ、そうかもしれない。単純に記憶力がいいだけじゃないってことね。
竹田 伝え方も上手いですよね。「本の雑誌」の12月号に目黒さんの「丸ノ内線に乗って茗荷谷で降りなさいって言うんだけれど、(中略)乗るとき前のほうの車両に乗るか後ろのほうに乗るか説明してあげないと」という発言がある。
椎名 ははは。目黒らしい。効率を常に重視している。
竹田 無駄が嫌いらしいですね。情報のストックの仕方、整理整頓、出力に秀でているんだろうな。
竹田 その本の雑誌12月号が、単行本化した『黒と誠』(カミムラ晋作/双葉社)の特集「『黒と誠』の謎と真実!」を組んでいるんですよ。目黒さんの「いつから『椎名』が呼び捨てになったか」という短いコラムも載っているのですが、これが興味深い。
椎名 ああ、読んだよ。確かに「これからはオレを呼び捨てにするよーに」って言った。
竹田 椎名さんも覚えているんですね。
椎名 だって、同じ会社の人を外でさんづけするのはおかしいだろう。
竹田 そういう対外的な部分を椎名さんは気にしていないと思っていました。
椎名 感謝と配慮でこれまでやってきました。
竹田 そりゃ初耳ですわ。他にも同誌で目黒さんは窪木淳子さんと吉田伸子さんと鼎談を繰り広げているのですが、「原稿をもらったらしっかりお礼を言いなさい」とか「書店員さんの邪魔はするな」とか「文字起こしは丁寧に」とか、金言が満載なんです。と僕もこれを言いながら、誌面に忠実に文字起こしをしていない。
椎名 ダメじゃないか。
竹田 気をつけます。
椎名 しかし久しぶりに目黒と対峙してみると、「本を読む」というひとつの道をあくまでマイペースで極め、自分の中で決めた事を壊さない。そういう時間の過ごし方をしてきた男の貫禄を感じたな。
竹田 なるほど。前述の金言を含めても、例えば、シーナさん、サーノ画伯、木村先生、目黒さんの4人なら目黒さんがもっとも良識を持った方かも……。
椎名 いいや! そんなことはない。だからといってあいつの狂気は薄れないんだ。あいつはおかしいよ。変だよ。
竹田 おお、さっきまで絶賛していたのにそこは一転、強硬ですね。
椎名 ちょっと説明しにくいんだよな、彼の狂気は。今度、改めて話をしようじゃないか。
竹田 了解しました。また「本の雑誌」にはカミムラ先生が創作秘話を寄稿しているのですが、その中で目黒さんが「(椎名と)いっしょに電車に乗ってても誰かと喧嘩を始める前提で身構えてたよ」とか「椎名の欠点は才能あるのに努力しないこと」とか、いろいろまっすぐに語ってて笑いました。
椎名 ううむ。それは認めるしかない。
竹田 この「旅する文学館」のメインコンテンツ「椎名誠の仕事 聞き手 目黒考二」も進めましょう。秋から『出てこい海のオバケたち』(新日本出版社)、『失踪願望。』(集英社)も発売になったし。
椎名 また取り調べかあ。私は無実です。
椎名誠:旅するバカ酒作家。近著『失踪願望。』(集英社)が全国で好評発売中。
竹田聡一郎:旅する麦酒ライター。遠著『日々是蹴球』(講談社)がごく一部で好評発売中。