62杯目:失踪しそうな思想
好評発売中です
東京都中野区/椎名誠撮影(ニコンDf)
竹田 ついに『失踪願望。コロナふらふら格闘編』(集英社)が発売されましたねー。
椎名 うん、久しぶりに日記が本になった。
竹田 同じく集英社から出ている『馬追い旅日記』は1995年の刊行ですから、27年ぶりの日記文学です。
椎名 コロナにも罹ってしまったし、あの頃と比べると家にいることが圧倒的に多いから「こんなの読者は面白いのかな」という気持ちもちょっとはあったんだ。
竹田 確かにテレビを見て文句言ったり、時には政治について怒ったり、自宅内の出来事が多いかもしれない。まあ、普通はそうなんですけどね。
椎名 この前、目黒(考二)にインタビュー受けて「どこにも行かない。行けない部分もあったのだろうけれど、その対比がとても面白い」というようなことを言ってくれて、それで少し安心した。
竹田 アホみたいに全国どころか世界を回っていたあのシーナが蟄居! というインパクトはあるのかもしれません。
椎名 いま、アホって言わなかった?
竹田 言いましたけれど、作中でご自身が書いてます。僕は引用しただけ。無罪です。
椎名 そうか。まあビールでも飲みなさい。
竹田 お、ハートランドですね。この緑の瓶、かっちょいいっすよね。
椎名 最近、家ではもっぱらこれ。ハートランドが生ビールの店も増えてきた気がする。
竹田 あのずんぐりしたマグに入って出てくると嬉しくなりますよね。話を戻しますが、その目黒さんによる椎名さんのインタビューは雑誌「kotoba」(集英社)に掲載予定です。12月6日に発売かな。楽しみです。
椎名 目黒はやっぱり賢いよなあ。
竹田 そのおふたりの掛け合いを素材の味を損わずに記事に組んだ、増子信一氏の技巧にも舌を巻きました。あの玉稿と比べると小ぶりではありますが、僭越ながらも僕もエッセイを「集英社 学芸の森」に寄稿しました。30日にアップされる予定なので多くの人に読んでもらえると嬉しいです。
椎名 おお、そうなのか。楽しみにしているよ。
竹田 さらに読書情報誌「青春と読書」(集英社)の1月号にも、宍戸健司さんによる書評も掲載予定だとか。実は少しだけ読ませてもらったのですが、短い文章ですがキレッキレでした。
椎名 彼は見てくれは経済ヤクザと豪快なオヤジの中間みたいな感じなんだけれど、なかなかどうして文学人でもあるよなあ。
竹田 それは褒めています?
椎名 最大限の賛辞ですよ。新しく会社を立ち上げたんだよね?
竹田 合弁会社・編集アブラ人。
椎名 え、そんな名前なの?
竹田 冗談です。KEW、「Ken Editorial Works」ですって。
椎名 なんか気取ってるな。アブラ人でいいかもな。
竹田 名前はともかく連携させていただき、面白い企画をやりましょう。最後にこちらの「最近のシーナ」にも著者としてのコメントをください。
椎名 うーん。同じ系譜である集英社の『遺言未満、』の続編としてはじまった企画だから、実はテーマは最初から明確だったんだ。
竹田 なるほど。死生観というとドキっとするけれど、人として、あるいは作家としての果て方、終着地みたいなものを常に意識するような?
椎名 基本的にはそうだね。そこに昔から憧れていた宮沢賢治やつげ義春という作家への思いが絡んでくるのか自分でもまだよく分からないんだけれど、改めて考えてみたいというような話を担当の武田さんとしていた。そうしたら「じゃあ、両作家のゆかりの地などを取材しつつ、一緒に考えてみましょう」と言ってくれた。
竹田 彼女は優秀なディレクターですよね。よく食べるし飲むからシーナ担当としても心強い。作中に登場するシーナ事務所のスタッフの渡利さんとも仲良しですし、そのあたりの連帯も滑らかです。
椎名 そうなんだよ。スケジュール管理を渡利さんがしてくれて、武田さんがそこに目的を持たせてくれる。
竹田 作中にある今年の連休の東北取材旅が好例ですね。せっかく東北に行くなら、足を伸ばして失踪について考えたり、違う土地に出かけて書き手に刺激を与える。
椎名 君もそこで俺が気づかなかったその土地のデータや逸話、「あの場所で椎名さんはこう言ってましたよ」という取材メモをくれるので助かっている。書くという行為は基本的に孤独なものだと捉えていたんだけれど、今回はチームで作った本という感触がある。
竹田 日記を書き始めたのが2021年の4月で、6月に新型コロナウイルスに感染。さあ失踪だ、というところで出鼻をくじかれた形になりましたが、そのあたりは?
椎名 しんどい時間も長かったし、後遺症みたいなものには悩まされた。家族にも心配かけてしまった。コロナなんて絶対に罹らないほうがいい。でも、だからこそ連絡をくれた友人もいたし、久しぶりにこちらから電話してみようかなと思った人もいた。少しはいいこともあったんだ。
竹田 本のプロモーションには「サイアク、時々サイコウ」という文言もありました。いまおっしゃったあたりは、具体的には、写真家の中村征夫さんや、タルケンおじいこと同じく写真家の垂見健吾さんとの久しぶりの交流ですよね。
椎名 ふたりともそれぞれ自分のフィールドで好きな仕事しているわけだし、やっぱり話をすると楽しかった。しばらく会えてないので彼らに会うという目的で出かけるのもいいなと思えたよ。
竹田 いいですね。「失踪」ってすごい広義で解釈できるから、南に下っても北に向かっても、それっぽい。もちろん僕もくっついていきます。
椎名誠:旅するバカ酒作家。元楽天の嶋基宏捕手がヤクルトで引退していてさみしい。好きな選手だった。
竹田聡一郎:旅するフリーライター。新井新監督、よろしくお願いします。キャンプ行こうか迷ってます。