57杯目:いつもの島へ行ってきた(前編)

57杯目
カズが差し入れてくれたうまい魚
東京都八丈町/椎名誠撮影(ニコンDf)
 
 

竹田 さてさて、八丈島におります。

椎名 さっきまで雨降ってたけど、やんだね。いかにも島の天気だ。

竹田 旅の顛末は小学館「週刊ポスト」のほうに詳しく掲載される予定ですが、改めて椎名さんと八丈島の歴史を教えてください。

椎名 そんなたいしたもんじゃないよ。

竹田 確か名誉町民になっていたはずです。

椎名 だいぶ前のことだけどね。スーツ着て島に行かねばならなかった記憶がある。

竹田 名誉町民になると何かいいことがあるんですか? 住んだら税金免除?

椎名 いや特に何もなかった。クサヤ食べ放題くらいの特権は欲しかった。

竹田 椎名さんが最初に八丈島に行った正確な日時の裏が取れてないんです。怪しい探検隊の前身である「東日本なんでもケトばす会」の頃なんですかね。

椎名 どうだったかなあ。最初は木村(晋介)に連れられて来た記憶があるんだ。俺は漫画家に間違えられていたことをいま急に思い出した。

竹田 なぜ漫画家?

椎名 分からない。木村が弁護士なので「先生」と呼ばれていたから、「あの隣にいる人も先生だろう」「なんの先生なんだ?」「きっと漫画家だろう」という感じだったのかな。

竹田 そんなことあります?

椎名 実際そうだったんだ。面白い島だよね。その時から風が強い印象は変わらないなあ。

竹田 読売広告社などが企画運営した「どか酔いセミナー」は昭和61(1986)年なんですよ。きっと初上陸からだいぶ経ってからですね。

椎名 そうそう。作家になった後で、あれが「やまがた林間学校」のモデルケースになったんだ。

竹田 そうか、そういう時系列なんだ。八丈島のイベントを山形で実現するなんて面白い縁ですね。「どか酔いセミナー」の時には、この連載の7杯目「八丈島慕情」でも触れた、八丈島の生ける伝説・カズさんこと、漁師の山下和秀さんとはとっくに会ってたということになりますね。

椎名 元々、浄文(キヨブミ)さんというカズの従兄弟に会っていて、その後だね、カズに会ったのは。素潜りをする姿がカッコ良くて、「カッコいいなあ、こいつ」と年下の男に初めて思った。

竹田 それがのちの映画『うみ・そら・さんごのいいつたえ』につながっていくわけだ。

椎名 生まれて初めて他人の喧嘩を止めたのも八丈島で、カズの喧嘩だった。

竹田 どっちかといえば椎名さんは制止されるほうですもんね。

椎名 カズと島で飲んでて「椎名さん、スナックに行こう」と誘われてあるスナックに入ったんだ。店に入ると店の人や客は誰かきたな、と確認するだろ?

竹田 そうですね。ドアベルがカランカランとか鳴ったりして、なんとなく入り口の方向を見る。

椎名 そしたらカズは「お前ら何見てるんだ」とすごむわけだ。

竹田 カズさん怖いからなあ。若い頃は喧嘩っ早かっただろうし。

椎名 酒も喧嘩も強いんだ、あいつ。

竹田 スナックは修羅場に?

椎名 先客は一斉に我々から目を逸らしたんだけど、そしたらカズは「なんだお前ら、よそよそしい態度とりやがって」と言うんだ。

竹田 無茶苦茶だ。

椎名 だから「カズ、もう帰ろう」と言ってタクシーに乗せたんだけど、今度は行き先がうまく伝わらなかったみたいで履いてた下駄で運転手をガシガシ叩いて。

竹田 すごい話だ。ただ怖い。

椎名 まだ終わらないんだ。仕方ないから俺も一緒に乗って、カズの家まで着いて鈴美さんに「帰ったよー」と声をかけた。

竹田 カズさんの奥様ですね。あの方も強いからなあ。

椎名 そうそう。鈴美さんが何て言ったかといえば「椎名さん、そんなのいらないからどこかに捨ててきてよ」ときた。

竹田 ひゃー。それでどうしたんですか?

椎名 どうなったんだっけな。カズを路上に置いて帰った気がする。朝までそのままだったんじゃないかな。鈴美さんの発言にはびっくりしたけれど、この人もカッコいいなと思った。

竹田 漫画やドラマみたいな話だけど、あの二人のことだから、さもありなんですね。八丈島は美しい島だけど、強くないと生きていけないのかなあ。

椎名 あのふたりが特別なんだと思うけどねえ。

竹田 カズさんにスナックに連れてってもらおうと思ってたのに、怖くなってきました。一緒に行きましょうよ。

椎名 嫌だよ。俺は静かに島酒を飲むよ。

 

椎名誠:旅するバカ酒作家。ビール、ワイン、日本酒、ウイスキーなんでもござれ。

竹田聡一郎:旅するフリーライター。「椎名誠 旅する文学館」の館長。広島カープのファン。

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