56杯目:コンビニ依存症

56杯目
たぶんこの中には100軒くらいコンビニがある
東京都渋谷区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
 
 

椎名 先日は運転ありがとう。

竹田 奥会津ですね。久しぶりにみんなで車の旅ができて良かったですね。

椎名 只見町や金山町は相変わらず田舎だったな。それを求めて行ったわけだが。

竹田 そうですね。温泉と日本酒、最高でした。

椎名 どぶろくときのこの炊き込みご飯が美味しかったなあ。

竹田 日本人に生まれて良かった。僕は浮き玉野球の大会ではじめて金山町に行ったんですよ。雑魚釣り隊に入隊して間もない頃です。

椎名 15年くらい前かい?

竹田 それくらいですね。その時もどぶろくをさんざん飲んで記憶を失い朝5時くらいに目が覚めた。

椎名 そういう時は朝風呂に入ってビールだな。

竹田 椎名さんらしい狂った意見ですね。しかしもう帰る日で、僕は運転手だったんです。だからとりあえず水を飲もうと思って旅館の自動販売機で水を買おうとしたら売り切れで。

椎名 考えることはみんな一緒だな。前夜から確保すべきだった。

竹田 仕方ないのでコンビニまで行こうと思って車に乗ったけれど、走れども走れどもコンビニなんてないんです。

椎名 当たり前だ。

竹田 やっと会津川口駅の前に自動販売機を見つけて一安心と思ったら、あろうことか小銭も千円札も持ってなくて。電子マネーも使えない時代だったんですよね。

椎名 電子マネーってなに?

竹田 WAONとかEdyとかです。椎名さんも持っているのはSuicaですね。

椎名 Suicaって自動販売機で使えるの?

竹田 そっからすか。話が逸れたけど、とにかく水を買えなくて、喉が渇いた状態で宿に戻ったら、雑魚釣り隊の童夢が部屋の洗面所で首を傾けながら、水をゴクゴク飲んでいて。

椎名 そりゃそうだろ。なんでも買うことに慣れてしまった都会人は悲しいな。

竹田 まさにそうで、童夢に顛末を話したら「バカだなあ、ここは日本でもっとも水がうまい場所のひとつだぜ」と言われてぐうの音も出ませんでした。

椎名 車を走らせればコンビニがあるだろう、という考えもある意味では都会人の傲慢な部分だよな。

竹田 そうそう。今回も奥会津に向かう前に、須賀川市で前泊したじゃないですか。

椎名 あそこは須賀川という場所だったのか。黄金色に揺れる田園がきれいだったね。

竹田 朝8時かな、奥会津に向けて出発したけれどせっかくだから下道で行こうという話になって。

椎名 そうだっけ。

竹田 椎名さんはたぶん寝てました。カーナビによると天栄村や南会津村、昭和村などを抜けるルートで会津川口の駅まで約100kmあったんですよ。

椎名 山道だろ? けっこうあるよな。

竹田 トクヤさん、西澤先輩とその息子の快、太陽先輩と「この100kmの間にコンビニがいくつあるか当てよう。ぴったり当てたら昼飯奢ってもらえる」という勝負をしまして。

椎名 10軒くらい?

竹田 トクヤさんは26軒、竹田は20軒、西澤先輩17軒、太陽先輩15軒、快が16軒という予想でした。

椎名 結局、いくつあったの?

竹田 4軒です。セブンイレブン2軒とデイリーヤマザキ2軒。

椎名 そんなに少ないのか。

竹田 都内のぼくのアパートから半径1kmの間に14軒ありますからね、コンビニ。セブンイレブンに関しては5軒。

椎名 うちの近所にもそれくらいあるなあ。

竹田 だからセブンイレブンの会津下郷店の前を通ったとき、「コンビニだあ」とみんなで喜んで理由もなく停まってしまった。

椎名 コンビニがないと不安なのかな。

竹田 そうかもしれません。現代病というか都会の悪癖というか。

椎名 去年、俺がコロナになった時のことなんだけど。

竹田 はい。入院もしたし、我々は正直、最悪の事態まで頭をよぎりましたからね。

椎名 退院してその足でコンビニに行ってるんだ。ビール買いに。

竹田 それもすごい話だな。コンビニ依存症とまではいかないけれど。単純にビールが欲しかったんですか?

椎名 それもある。でも多くのコロナ患者がそうであるように、入院っていっても最初の数日を過ぎればあとは体調が戻ってきて、あとはひたすら「早く出たいな」ばかり考えるんだ。

竹田 「出たら何を食べよう」とからしいですね。雑魚釣り隊の太陽先輩は大勝軒のラーメン、健太郎はビッグマックを、それぞれその足で目指したらしいです。

椎名 それはそれで狂ってるな。でも、ファストフードもラーメン屋もコンビニも娑婆の象徴というか、俗世界の産物という側面はある。

竹田 確かに。それを求めたんですかね?

椎名 そうかもしれない。実際に退院してコンビニに入っても特段、感激はしないんだけど、安心するのかもしれない。

竹田 なるほど。今回も奥会津で早起きして携帯すら持たずに散歩したんですけれど、この里山と清流のある山間と、24時間営業のコンビニやファストフードが乱立する都会と、どっちが豊かなのか考えだすとよく分からなくなってしまった。

椎名 よし、それを確かめにまた奥会津に行こう。今度は冬がいいな。

竹田 熱燗と温泉やりたいだけでしょう。まあ、やぶさかではないからお供します。

 

椎名誠: 旅するバカ酒作家。ビール、ワイン、日本酒、ウイスキーなんでもござれ。

竹田聡一郎:旅するフリーライター。「椎名誠 旅する文学館」の館長。広島カープのファン。

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