54杯目:麺の話大盛り
ピンボケしてしまったけれどシンプル麺なので仕方ないのだ
岩手県宮古市/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
竹田 腹減りました。
椎名 これでも食べなさい。
竹田 これはこれは「多良福」(たらふく)の中華そばじゃないですか。
椎名 宮古市を、いや三陸を代表する一杯だよな。
竹田 この前、椎名さんに連れてってもらった時が初体験でしたが、何から何までシンプルな美徳すら感じる麺でした。
椎名 メニューが「中華そば」しかないから、客はみんな「ひとつ」とか「ふたつ」しか言わないんだ。それを「はいー、ひとつねー」と店のおばちゃんが応じる。
竹田 「いらっしゃいませー」「ひとつ」「はいー、ひとつねー」って、世界でいちばん客と交わす文字数が少ない飲食店かもしれない。客は3文字しか言ってない。
椎名 最近のラーメン屋は注文のシキタリがあるだろ。あれにはもうオレついていけないんだ。
竹田 あー、そうですね。いちばん有名なのはラーメン二郎の「ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニク」とかですかね。呪文と呼ばれています。そこまでいかなくても普通のラーメン屋も「味噌チャーシュー大盛り。麺は柔らかめでニンニク抜いて味玉プラス」みたいにトッピングを伴う長ゼリフは存在しますな。
椎名 我々じいちゃんはそういうのが煩わしくて足が遠のく場合もあるんだよ。
竹田 サービスの細分化ではあるんですけれどね。そこへいくと確かに多良福は単純明快な唯一無二。卓上には一味と胡椒しかなかったのも美しかった。
椎名 でも壁にはおびただしい数のカレンダーが掛かっている。ああいう不思議な光景は旅をしなきゃ出会わないよなあ。
竹田 650円という価格もいい。前述のようにトッピングすると1,000円を超えるラーメンは今はザラですからね。決して否定するわけじゃないけど、ラーメンの根幹を考えてしまう。
椎名 あれでも値上げしたんじゃないかな。
竹田 うへえ、良心的だ。椎名さんが愛している山形県酒田市の「川柳」をはじめとしたワンタンメンも決して複雑じゃない良店ですもんね。
椎名 三鷹の「満月」も同じくらいうまいから近々、また行こうぜ。
竹田 うす。明日、行きましょう。麺の話は楽しいなあ。以前から『すすれ! 麺の甲子園』(新潮社)の現代版の取材をしたいと相談していたじゃないですか。
椎名 うん、いい企画だと思う。オリジナルはいつ発売されていたんだっけ?
竹田 2010年ですね。10年が経ち、ラーメンだけでもつけ麺、煮干し、貝出汁など流行りの変遷がありますよね。
椎名 最近、荻窪って行った?
竹田 友人が住んでますし、杉並公会堂で先日はモーツァルトの『フィガロの結婚』をやっていたので、足を運びました。
椎名 この世でもっとも卑しい行為のひとつに「嘘をつく」というのがあるんだぞ。
竹田 すみませんでした。嘘です。フィガロって誰ですか?
椎名 知るわけないだろう。荻窪でラーメン食ったか? と聞いてるんだ。
竹田 食ってないです。つまり日本有数のラーメン激戦地の戦況はどうなっているかを調べて来い、ということですね。
椎名 君は物わかりはいいんだから、カッコつけるんじゃないよ。
竹田 フィガロと一緒に行ってきます。
椎名 レポートを頼む。
竹田 映画撮ってた頃、地方に行くとラーメン食ってたんですか?
椎名 そうかもな。あんまり詳しくは覚えてないけれど、食べていたと思う。
竹田 確かに僕が出張なんですよとか地方都市の話をしていると不意に「あそこのラーメンうまいんだよ」とか教えてくれますもんね。釧路の「仁」とか。
椎名 あそこもタンメン一本勝負のできる店だよ。
竹田 他にも広島に行く時に「寿々女」(すずめ)を、青森は「田むら」を教えてもらった気がします。
椎名 独自データベースはあるんだよな。もちろんラーメンだけでなく、うどん、そばもある。
竹田 そうなんです。だから「麺の甲子園・令和大会」を開催するなら、ラーメン、うどん、そばだけに絞るとか共通ルールを決めないといけないですね。
椎名 ええ? 冷麺はだめなの?
竹田 うーん、実力は評価するんですけれど、キリがなくなるんですよ。ほうとうとか、沖縄そばとか。
椎名 そういうのが入ってこその甲子園だろう。
竹田 それは正論なんですけどね。でも、そうしたらパスタはどうなるのか。焼うどん、焼きそばの扱いについてもキッパリ決めないといけない。『すすれ! 麺の甲子園』はもやしとか春雨も麺として捉えているフシがあったからなあ。
椎名 もやしも春雨もいいやつなんだよお。頼むよ。予選だけは突破させてやってくれよ。
竹田 どんな頼みなんすか。
椎名 ちょうどこの前、そんな話を宍戸さんとしてたんだよ。彼が企画してくれるから、彼と組んで君が取材して、ベスト8くらいまでを決めてほしい。そこからはみんなで現地に食べに行って日本一を決めようじゃないか。
竹田 おお、「アブラ人」こと宍戸健司先輩は油物が好きすぎて、アブラ超マシ麺ばかりのギトギトベスト8になりそうだなあ。胸焼けするなあ。
椎名 そこはみんなで喧々ガクガク延々ズルズルと会議をしようじゃないか。大事な問題なんだから。
椎名誠: 旅するバカ酒作家。ビール、ワイン、日本酒、ウイスキーなんでもござれ。
竹田聡一郎:旅するフリーライター。「椎名誠 旅する文学館」の館長。広島カープのファン。