32杯目:センセイと呼ぶ勿れ
センセイではないので机まわりは乱雑でいいのだ
東京都中野区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
竹田 椎名さんって先生だったんですね。
椎名 どういう意味?
竹田 いや、昔からお世話になっている軽井沢の宿にこの前、久しぶりにお邪魔したんです。そしたらこの「最近のシーナ」を読んでくれたようで「タケダ君って椎名先生と仲良いんだね。見直したよ」と言われて。
椎名 業界内外問わず、多くの人が読んでくれているみたいだね。
竹田 それはありがたいんですけれど、本題の前に「見直したよ」っておかしい。今、気付きました。
椎名 あほや。
竹田 で、本題。「椎名先生」と言われても、一瞬、誰のことか分からなくて。僕は椎名さんは、実際に会う前からずっと椎名さん、ニュアンス伝わるかどうか分からないけれど、正確な表記は「シーナさん」なんですよね。
椎名 どういうこと?
竹田 EDWINのCMに出演したでしょう。「乗馬編」では白い馬に乗って、なぜかジーンズをはためかせてモンゴルの平原を爆走していた。
椎名 映画を撮っていた頃だね。
竹田 調べたら1995年でした。竹田少年は16歳の思春期まっただなかで、お洒落にも興味が出てきてEDWINのジーンズに憧れていたんだと思います。古着ブームで、それこそEDWINのCMで流行ったOLD WASHをはじめ、ジーンズを履き潰すことがカッコいいと思っていた時期かと。
椎名 そうなのか。
竹田 椎名さんがちょうど50歳くらいで撮ったと思われます。でも、今もEDWINのHPにアーカイブが残っていますが、椎名さんは50歳にはとても見えない。お世辞抜きに30代に見えます。
椎名 もうじいちゃんだけどなあ。こほこほ。
竹田 ジジぶるの腹立つからやめてください。ほら、ビール飲んで。
椎名 悪いのう。ぐびぐび。おかわり。
竹田 なんちゅうジジイだ。そのジジイはその後「人魚編」で、モルディブでジーンズ履いて素潜りしていました。モンゴルでもモルディブでも、現地の子に「シーナさん、シーナさん」と独特のイントネーションで呼ばれていたんですけれど、話を戻すとあの「シーナさん」こそが僕の椎名さんの原点というか、「ああ、この人作家なんだ」と知ったきっかけだった気がします。
椎名 なるほど。
竹田 その後じゃないかな、怪しい探検隊シリーズを読み始めたのは。だから、ずっと椎名さんは「シーナさん」なんです。そういう人は多いのでは。
椎名 そう接してもらったほうがこっちもありがたい。
竹田 例えば、地方の講演の司会者の呼び込みなどで「椎名誠先生の登場です」とかあるじゃないですか。
椎名 あれはこっぱずかしいね。できればやめてほしい。でも1回だけの場合はまあいいや、とそのままにすることも多いな。
竹田 逆に一度だけじゃなさそうなケースは? 例えば、出版社の新担当が「椎名先生、僕が新担当のスズキです。よろしくお願いします」と名乗ってきたら。
椎名 そうしたら「スズキさん、まあ飲みましょう。ぼくは先生って呼ばれるのが好きではないので、椎名さんと呼んでくれたらいいですよ」とあくまで穏やかにしっかり伝える。取材を受ける時も最初にそれを言うと向こうもリラックスしてくれていいインタビューになることが多い。
竹田 そもそもなんで「先生」が嫌なんですか? 作家の中には先生呼びにこだわる人だっているかもしれない。
椎名 なんか偉そうじゃんかよ。有名な川柳に「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし」というのがあるけれど、あんな感じかな。
竹田 そもそも先生と呼ばれる職業って、作家や音楽家、画家や陶芸家という、いわゆるクリエイティブな才能を持った芸術家が挙げられると思うんです。
椎名 ふんふん。
竹田 それに加えて、弁護士や公認会計士、税理士などの専門分野を修めた人物。
椎名 そうだね。
竹田 医師もそれに近いものがあるかもしれない。だけど、例えば研修医とか、あとは教師でもいくら免許を取ったからって数ヶ月前まで学生だったわけですから、それを一緒くたに「先生」ってちょっと広範囲すぎるというか。
椎名 言っていることは分かるが、誰に対しての文句なんだ?
竹田 自分でもよくわからないです。本当は椎名さん禁忌の2トップ「センセイ」と「お酌」のお酌まで言及したかったのですが、文字数の壁が立ちはだかりました。
椎名 また来週。風呂入れよ。歯磨けよ。風邪ひくなよ。
椎名誠: 自称バカ旅サケ作家。酒についてのアンソロジーを編纂中で、最近は特に酒のことばかり考えている。
竹田聡一郎:フリーライター。広島カープのファン。まん防も明けたしむさしの「若鶏むすび」持ってズムスタでスクワットじゃけえのう。