出版社:Vostochnaya Literatura

発行年月日:1996年12月23日

椎名誠 自著を語る

新作の書き下ろしを頼まれて「カンヅメにしてくれるなら書きますよ。『伊豆の踊子』もそうだし、名作は温泉で生まれるものですよ」と言って出かけたのは南紀串本。作家というのはカンヅメになるものだと思って憧れていたわけです。夏の終わりだったので、宿のお客はほんの5人ぐらいで冷房なんかつけてくれない。蒸し暑くてたまらなかった。実はこのとき、有給休暇をとってカンヅメになっていたのに、『平凡パンチ』が密着取材に来て11ページもグラビアに出てしまったので、後で「お前、何やってたんだ!」と怒られてしまいました。最初は1冊で完結する予定だったのが2冊、3冊と続いていまだに未完の作品です。下巻を書いた頃にはサラリーマンをやめて作家になってました。その後、この話は一種のシリーズとしてぼくの中では継続していくことになりました。『新橋烏森口青春篇』『銀座のカラス』と続き、『週刊朝日』の連載『本の雑誌血風録』につながるわけですね。それぞれ微妙に書き方が違っているので、一見シリーズらしくはありませんが。この作品についてはよく、映画化の話はなかったんですか、と聞かれるのですが、実を言うとあったんです。当時は「たのきんトリオ」の全盛期で、彼らを主役に、という企画だったんだけど、脚本を見たらあまりに話が変わっていたので断ってしまった。ぼくは映画が原作に忠実でないということはジャンルが違うのだから仕方がないと思っていますが、このときはいくらなんでも、というぐらいに原作から離れた内容になっていたので、相談の上で断ろうということになったんです。ただ断る前に木村や沢野と、誰が俺の役をやるんだといってモメた記憶があります。バカですね(笑)。しかしこの本がこんなに長く読まれることになるとは夢にも思いませんでした。すぐに絶版になってもおかしくない、という気持ちでいたのに、いまだに版を重ねているし、まさか文庫になるなんてね。こんなことなら、もっとちゃんと書いておけば良かった(笑)。でも、この作品も『さらば国分寺書店のオババ』と並んで、ぼくにとってはエポック・メイキングな作品です。 (椎名誠 新潮文庫 1996年『自走式漂流記1944〜1996』より)

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