30杯目:43歳のころ

30杯目

ワンタンメン大盛りをすする42歳のタケダ
東京都三鷹市/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
 
 

竹田 ハッピーバースデー to me。

椎名 誕生日なの?

竹田 そうなんです。4月2日。小さい頃は春休み中だったので誰も祝ってくれないからさみしかった。

椎名 今は誰か祝ってくれるの?

竹田 嫌なこと聞きますね。誰も祝ってくれなそうだから、雑魚釣り隊の数人を誘って富山でホタルイカキャンプすることにしました。まんぼうも明けたし。椎名隊長も参加しませんか?

椎名 寒そうだからやめておく。何歳になるの?

竹田 43歳、おっさんど真ん中です。43歳って家族があって家を建てていて、車も買って、革靴を履いていると思ってました。

椎名 実際はどうなの?

竹田 独身で賃貸でシーナさんにもらった自転車が愛車で、革靴はあるけれどこの前、引っ張り出したらカビがはえていた。言っててなんか悲しくなってきました。

椎名 君にはビールがあるじゃないか。

竹田 そう。俺にはビールがある。ホップは裏切らない。

椎名 飲みなさい飲みなさい。酔いなさい酔いなさい。

竹田 椎名さんが43歳の頃ってどんなだったんです?

椎名 覚えてない。

竹田 そう言うと思って調べておきました。っていうか、この「旅する文学館」の「こんなふうに生きてきた」に載せているのですが、椎名さんは42歳だった1986年に個人事務所を開設してるんですよね。

椎名 そうか。それくらいなのか。

竹田 その翌年、43歳で『アド・バード』の連載を集英社「すばる」で開始しています。

椎名 ふむふむ。

竹田 と思えば、41歳でアリューシャン列島へのキャンプ旅、44歳で楼蘭に向かっています。

椎名 元気なヒトだね。でも、バカみたいに方々に行っていた記憶はあったけれど、いまこうして振り返ると少しずつ血肉になっていった実感もあるな。行動と表現が良くも悪くもダイナミックだったんだろうとも思う。

竹田 盛んに活動できていたのは事務所を開いたからなんですかね?

椎名 それもあるだろうけれど、やっぱり一枝さんに助けられた。サラリーマンをやめる時も、長い期間でどっかに行く時も「こんな仕事があるんだけれど」と相談すると「やりなさいよ。もし失敗しても日本は間抜けで豊かな国だから飢え死にはしないでしょう」と言ってくれていた。

竹田 まさに伴侶の金言だ。そうして書斎を出る一方でSFにも挑戦しています。

椎名 アドバードはさ、メグロ(目黒考二)が作っていた極私的雑誌「星盗人」に書いた30枚くらいの短編『アドバタイジング・バード』が原点だったんだよ。

竹田 椎名誠の仕事 聞き手 目黒考二」に載っていますね。確かそのあとはSF雑誌「奇想天外」の新人賞に応募したとか。

椎名 そうそう。それが我が人生で最初で最後の小説賞への応募だった。落選で作品は戻ってこなかった記憶がある。そこから10年以上経って、「すばる」で2年間、連載してたのが『アド・バード』としてまとまって、日本SF大賞をもらった。我ながらすごい執着心だ。

竹田 広告汚染地区という構想はずっとあったんですね。それは「ストアーズレポート」時代に広告を扱っていたから?

椎名 それもあるのかもな。でも構想自体は10代の頃からあった気がするんだよ。そのうち世の中は広告ばっかりになるなと思っていた。それは読書の蓄積から得た発想かもしれない。

竹田 前から聞きたかったんですが、10代から30代くらいまで椎名さんはどんな読書傾向だったんですか?

椎名 時々、取材などでも聞かれるんだが、まったくもって独学で乱読だった。

竹田 そんな気はしていました。

椎名 でも蓄積は絶対にあったと思う。作家になるためには読書は必要だ。本をまったく読まずに作家になった人なんていないし、何歳になっても読書は大切だと思う。

竹田 そうですよね。じゃあ、誕生日プレゼントください。

椎名 嫌だよ、面倒くさい。

竹田 まあ、そう言わずに。椎名さんの自宅にあるオススメ本がいいです。

椎名 わかった。考えておくよ。そのかわりガンガン書けよ。書くべし書くべし。

竹田 シーナ一徹。

椎名 ちゃぶ台持ってこい。

 

椎名誠: 自称バカ旅サケ作家。謎の蕁麻疹に悩まされていたが、ビールを飲んでたらある日急に治った。

竹田聡一郎:フリーライター。花粉症対策にヨーグルトを毎日食べて2年が経つ。勝負の春がはじまる。

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