29杯目:ロシアのウクライナ侵攻で開高健さんを思う

29杯目
「ここで誰のためにたたかっているのだと感じます?」
神奈川県横浜市/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 8)

 

竹田 ロシアによるウクライナ侵攻からひと月が経ちますが、まだ停戦はできなそうですね。

椎名 愚かだよね、本当に。

竹田 戦争に関していろいろ思うところもあり、先日、椎名さんにいただいた『ベトナム戦記』(開高健/朝日文庫)を読み返したんですよ。

椎名 退屈しない本だよな。開高さんの文は語彙が豊富だから、無人島に持っていける本にちょうどいいんだよね。

竹田 時代が違うしツールも進化したので単純に比較はできませんが、いまウクライナに入って活動しているジャーナリストっているんですかね?

椎名 どうなんだろうな。行けばいいってものではないけれど、安全や責任ばかりに重きを置く現代では組織として記者を送るのは難しいのかもしれない。

竹田 ある意味ではジャーナリズムって言葉がないがしろにされているのかもしれません。

椎名 開高さんはそこに行く資格とルートを持っている人だったよな。

竹田 ベトナムには朝日新聞の臨時特派員という立場で入っています。

椎名 人間には運があるのはみんな知っているだろうけれど、それに加えてジャーナリストとして大成する人はやっぱり数少ない機会をしっかり掴む人なんだよね。

竹田 ご本人と面識はあるんですか?

椎名 あるよ。若い頃に対談もしたし、のちに開高健ノンフィクション賞の選考委員もしたしね。

竹田 どんな方なんですか?

椎名 機関銃のように言葉の出てくる人。自分が話した言葉でまた何かを思い出したりして話が続く。対談の時は開高さんが90%くらい話していたので、俺は残り10%の相槌を打つだけ。立て板に水というより、立て板にゴム毬というか、話があらぬ方向にどんどん弾んでいく。けれど、話題が豊富なので聞いていて面白いんだ。

竹田 コミュニケーション能力の高さは作中でも発揮されていますが、戦中であれだけ当事者の談話を拾えるのは本当にすごい。

椎名 さっきのジャーナリズムの話だけれど、今だと個人で活動していて肝が座っている才能が適正なのかもしれないね。『ベトナム戦記』は好奇心が後半に少し恐怖や疲労に押し返されるような描写もある。あのあたりの読ませる技術が素晴らしいと思っている。

竹田 読者の共感もしっかり得ていて、読んでいて気づくと開高さんのファンになっていますもんね。

椎名 優秀な相棒にも恵まれたよな。

竹田 朝日新聞の秋元啓一カメラマンですね。お会いしてみたかったけれど、秋元さんも早逝してしまった。つくづく残念です。

椎名 作家やルポルタージュを残す記者にとって編集者はもちろん、一緒に旅するカメラマンとの巡り合わせも大切だと思う。その点、秋元さんはすごいカメラマンだったんだろうな。

竹田 あとがきで開高さんが秋元さんについて書いていますが、それがすべてですよね。

椎名 そういう人と組めたのも彼の持つ資質なのかもしれない。

竹田 1965年に『ベトナム戦記』、1978年に集英社から『オーパ!』が出ていますが、ここでの相棒は椎名さんもよく知る、高橋曻(のぼる)カメラマンでした。

椎名 曻も取材勘のいいやつで、いいカメラマンだった。何も言わなくても欲しい写真を撮っているから、かなり助けられたんですよ。

竹田 草の海』(集英社)のカバー写真がとても素敵です。

椎名 曻と一緒に仕事をしたことも含め、『オーパ!』を読むと開高さんは商売上手だなあとも思うんだ。

竹田 稼ぐのがうまいということですか?

椎名 なんていうのかな、商業主義ということではなく、売れるものを知っているという感じだな。

竹田 褒め言葉ですよね?

椎名 もちろんだ。ルポルタージュの書き手としての地位も確立したし、取材費も集まるようになった。それをしっかり理解してやりたいことをできるようになった。

竹田 ノンフィクションは本当に取材費がかかりますからね。

椎名 そうなんだよ。日本でルポライターが育ちにくい理由のひとつかもしれない。

竹田 粘り強く取材できる書き手がいても、お金がなくて諦めてしまうケースもあるでしょうね。経費は永遠の敵です。その点、『オーパ!』はとことん自分のやりたいことを突き詰めることができた紀行だからこそ、僕はちょっと嫉妬と羨望も覚えたりします。

椎名 ブラジル行ったことある?

竹田 サッカーの取材で3回ほど行きました。「人生でまた行きたい国は?」と聞かれれば「ひとり旅ならブラジル」と答えます。でも、僕の行ったブラジルはサッカーのチームとでっかいスタジアムがあるリオやサンパウロなどを中心とした都会でした。

椎名 『オーパ!』ではないな。

竹田 まあ、サッカーのうまいブラジル人にオーパではありましたが、『オーパ!』や、垣根涼介さんの名著『ワイルド・ソウル』(新潮文庫)で語られるブラジルとはまったく別の世界ではありました。

椎名 面白い国だよな。南米はどこも面白い。酒も飯もうまい。

竹田 コロナ落ち着いたら行こうと思ってます。話を戻すと、ウクライナも酒も飯もうまい、いい国だったので行きたいんですよね。

椎名 行け行け、どんどん行け。そしてどんどん書きなさい。

椎名誠: 自称バカ旅サケ作家。謎の蕁麻疹に悩まされていたが、ビールを飲んでたらある日急に治った。

竹田聡一郎:フリーライター。花粉症対策にヨーグルトを毎日食べて2年が経つ。勝負の春がはじまる。

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