28杯目:もうすぐ春ですね
俺は花粉症になったことがない
東京都中野区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
竹田 日だまりには雀たちが楽しそうです。
椎名 どうした? 頭オープンリーチか?
竹田 春ですからね、否定できない。
椎名 うん、俺も冬は気持ちが落ち込むから春は嬉しいよ。春の季語は多いし、日本人にとって特別な季節なのかもしれないよな。
竹田 なるほど。
椎名 でも油断するな。
竹田 いや、別に油断はしてないっす。
椎名 蠢く、とかがそうなんだけど、春が入ると漢字や言葉は急激に妖しくなる。
竹田 たとえば?
椎名 春画や売春、回春なんていうのは妖しいだろう。
竹田 本当だ。その一方で、青春なんてのもありますけれど。
椎名 うん、新しい命、エネルギーに満ちたという捉え方ができるかもな。
竹田 この世の春みたいな言葉もありますし。
椎名 行友李風作『月形半平太』に主人公・半平太の「春雨じゃ、濡れてまいろう」という名台詞があるんだよ。
竹田 風流ですねえ。
椎名 うん。でも、風にあおられて横から吹き込んでくる霧雨だから傘を差しても無駄だとか、雪国の人が読むと「春の雪は水を含んでいて重いから傘が壊れる」とか、いろいろな解釈をするんだ。面白いよ。
竹田 なるほど! 作家みたいなこと言いますね。
椎名 おい。
竹田 失礼しました。
椎名 話してたら思い出したけど、昔、春雨さんという女性がいたな。
竹田 え、苗字が?
椎名 そうそう。芸術関係の仕事をしていた綺麗な方だった。やっぱり初対面で「本名ですか?」と聞いてしまったよ。
竹田 小さい頃、イジメられなかったかなあ。
椎名 あったかもなあ。
竹田 給食で春雨スープとか出てきたら地獄ですね。
椎名 お前みたいなヤツが「やーいやーい」って言うんだろうなあ。元気かな、ハルサメさん。
竹田 椎名さんは花見とかするんですか?
椎名 どっちかといえば嫌いだな。正確には花見で騒ぐ人々が嫌いだ。
竹田 それは同意です。人がいない山奥の一本桜だったら花見したい。
椎名 そうだな。探してみてくれよ。あと俺は梅のほうが好きなんだ。
竹田 まだ寒いじゃないすか。
椎名 寒梅って言葉があるくらいだからな。でも桜より梅のほうが思索的で文学的だと思うんだよな。桜はちょっと人為的なんだ。
竹田 というのは?
椎名 軍歌に「同期の桜」とかあるけれど、あれは特攻とかを肯定しているでしょう。美しい桜と一緒くたにして美談にしちゃうあたりも好きではない。
竹田 警察にも桜田門や桜の代紋なんて言葉もありますね。
椎名 文学で例を挙げると坂口安吾の短編『桜の森の満開の下』は怖い話だし、谷崎潤一郎の『春琴抄』は妖しい話なんだ。俺はやっぱり騒々しいお花見の桜より、文学的な桜のイメージが強いなあ。
竹田 この春、ちゃんと読んでみます。
椎名 話してて思い出したけれど、『春琴抄』は映画になっているんだよ。
竹田 本当だ。山口百恵さん、三浦友和さんが出ている。
椎名 それは最近のじゃないか? 何度も撮られているんだ。俺が観たのは京マチ子が出ていたやつ。確か大映だった。
竹田 よく覚えてますね。
椎名 オフクロが映画館に連れてってくれたから覚えているんだ。妖しくも怖い話なのに、なぜあれを見せたんだろう。聞きそびれたなあ。
竹田 昔は映倫も緩かったでしょうしね。
椎名 やっぱり映画って非日常で娯楽だったんだろうな。たまには行かないとな。
竹田 春ですし、出かけてみましょう。
椎名 そうだな。でも俺は春が特別に好き、ということでもないんだ。
竹田 ええ、こんなに語ってくれたのに?
椎名 嫌いではないけどね。春はこれから梅雨が来るし、夏は「ファイトー、いっぱぁつ!」の世界でバカっぽいだろ、秋はちょっと気取っているし、冬は寒いのを覚悟しないといけないからなあ。
竹田 ただただ、イチャモンつけているだけに聞こえます。特に「夏はファイトー、いっぱぁつ!」というくだりがよくわからない。
椎名 だってバカっぽいだろ、あれ。なんでわざわざ崖とか急流とか草原とかであんなの飲まないといけないんだ。
竹田 けっこう詳しいじゃないすか。
椎名 やってると見ちゃう。
竹田 なんか途中まですんげえ作家っぽいこと言ってたのに。
椎名 そうだなあ。よし、原稿書こう。
竹田 ファイトー。
椎名 言わないよ。
椎名誠: 自称バカ旅サケ作家。謎の蕁麻疹に悩まされていたが、ビールを飲んでたらある日急に治った。
竹田聡一郎: フリーライター。花粉症対策にヨーグルトを毎日食べて2年が経つ。勝負の春がはじまる。