20杯目:世界のあけましておめでとう

20杯目写真(使用中)

ゲルはいつもあたたかいのだ
東京都中野区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
 
 

竹田 あけましておめでとうございます。

椎名 おめでとうございます。ん? 前回もやったぞ。

竹田 そうでしたっけ。でもまだお年玉もらってないから。

椎名 モンゴルでは小さい子どもからおじいちゃんおばあちゃんにお年玉を渡すんだぜ。

竹田 へー。でもここは東京だから。

椎名 正月に長老が住むゲル(高原の遊牧民が使用する伝統的な移動式住居)に集まって、若い順に、年配者に渡していく。たいした額じゃないけど、かっこいい風習だと感じたよ。

竹田 モンゴルの通貨ってなんなんですか?

椎名 なんだっけな。あっ、トゥグルグだ。

竹田 じゃあお年玉として100トゥグルグください。

椎名 わかったよ。

竹田 飲食はどうなるんです?

椎名 お祝いの時はだいたい山羊か羊がごちそうだね。でっかい牛乳缶みたいなものに入れて蒸し焼きにする感じだ。

竹田 うまそうですね。

椎名  焦げたところに醤油をたらすとたまらなく美味しいのだけれど、いい匂いがするのでそのうまさが周囲にバレてしまう。醤油は人々の手に渡ってしまい、もう返ってこなかった。

竹田 まあ、お祝いの席ですから。お酒はどうですか?

椎名 アルヒか。

竹田 ある日?

椎名 そういう名前の伝統的な蒸留酒があるのだけれど、モンゴルでは酒そのものを示すこともある。

竹田 本当だ。調べるとモンゴリアン・ウォッカ、とある。

椎名 今では工場で作ったものも市販されているけれど、昔は山羊や羊、馬など家畜の乳から作られていた。今も昔ながらの作り方は残っているみたいだけれど、少なくなってしまったようだ。

竹田 いいなあ。どっか旅に出たくなる。他に印象的な正月はありますか?

椎名 楽しかったのは、パタゴニアへ向かう途中の、チリの小さな町で迎えた正月だった。

竹田 おお、ちょっと想像つかないですね。

椎名 南半球だからまず暑い。

竹田 そうか。蕎麦や雑煮は寒い北半球だからこそ。白い息を吐いて初詣に行くわけではないのか。

椎名 カトリックの多い国で正月は神事ではあるから、教会に行く。でもお祈りを熱心にするっていうより誰かがギター弾いてみんなで歌ってというイベントみたいな雰囲気だったなあ。

竹田 酒も飲むんですか?

椎名 もちろん。ピスコという葡萄の蒸留酒、アグアルディエンテというサトウキビの蒸留酒、ワインもビールも飲んでた。面白いのは新年を迎える瞬間に向けて男女がじりじり近寄っていくんだ。

竹田 ふむ。いわゆるカウントダウンの間ですか?

椎名 そうそう。新年を迎えると誰かれ構わずハグをするからキレイドコロの周りになんとなく人が集まる。

竹田 なんとフトドキな!

椎名 俺も美人にハグされて「おお、なんて素晴らしい新年なんだ」と思ったよ。まあ、みんな酔っているし、フトドキではない。

竹田 基本的に教会に来る人々なんだから敬虔なんだろうけれど、ラテンのノリみたいのが加わるとそうなるんですね。酒も飲めるし楽しそうです。逆に暗い正月ってありました?

椎名 シベリアに取材旅行に行った時かな。

竹田 タフな旅だったからそういう印象になったのかもしれませんね。

椎名 そうかもね。当時はソビエト連邦だったしなあ。

竹田 シベリア追跡』(集英社文庫)の頃ですね。

椎名 そうそう。とにかくどこへ行っても暗くて寒かった。もちろん新年は彼の地でも神事なんだけれど、ロシア正教は迫害されてきた歴史もあるので、おおっぴらにお祝いできないんだ。

竹田 なるほど。勉強になるなあ。

椎名 いま話すのは少なくとも俺が見てきた部分だから、歴史は自分で調べてくれよな。おおっぴらにお祝いできないから家の中でひっそりダンスとか踊って楽しんでいた。でも寒いからコート着てブーツ履いて。不思議な光景だったな。

竹田 前回、2018年のサッカーワールドカップがロシア開催だったんですよ。

椎名 そうだっけ。行ってたのか?

竹田 はい。初めてのロシアだったけれど、試合が開催された都市はモスクワをはじめ、ほとんどが西側で、西に行けばいくほど欧州諸国の文化が入り込んでいるなとは思いました。

椎名 そうかもしれないね。俺の時はソビエトだったけれど、人に聞くと最近は様々なものがアメリカナイズされてきて、ある意味では面白みを失ってしまったようだ。

竹田 なるほど。旅ってその時を逃すと、ちょっと色が変わりますね。キューバとか行っておけば良かった。

椎名 いいところだよ。「だったよ」と言うべきかもな。

竹田  ちょっとその話も今度、聞かせてください。

 

椎名誠:自称バカ旅サケ作家。2022年初は「まず初場所だ」と意気込む。注目の力士は大鵬の孫で元関脇貴闘力の次男である王鵬。

竹田聡一郎: フリーライター。2022年初はライフワークのひとつであるカーリング取材の執筆に集中したい。がんばれ、ロコ・ソラーレ。

旅する文学館 ホームへ