17杯目:幕張今昔物語

17杯目写真

昔はプリンスホテルだった、現在のアパホテル
千葉県千葉市美浜区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)

 

竹田 写真のホテルにこの夏、泊まりました。五輪があったりして幕張に来たんですよ。

椎名 幕張では何の競技があったの?

竹田 幕張メッセで、テコンドー、フェンシング、レスリングなどです。

椎名 そのあたり昔はぜんぶ海だったんだぜ。

竹田 幕張少年マサイ族』(東京新聞出版)を読んで知りました。本文に埋め立て工事によって「幕張の海岸は消滅し、東のくぎりは花見川の河口だったし、西のくぎりは浜田川」とあります。ちょっと信じられないスケールですね。

椎名 海岸線の大変革だから「人間はすごいことをするんだなあ」と子どもながらに感心した記憶がある。

竹田 せっかくだから浜田川から花見川まで歩いてみました。

椎名 今も浜田川はあるの?

竹田 おそらくシーナ少年の見ていた景色からは一変していますが、護岸工事をして整備された用水路あるいは排水路、という見た目で残っています。源流は習志野や船橋のほうみたいですけれど、河口付近以外は暗渠(あんきょ)のような状態で大部分は確認できません。

椎名 河口ってどこ?

竹田 ZOZOマリンスタジアムのあたりですね。そこから東南へ、海岸線を歩いたんですよ。

椎名 どうだった?

竹田 公園が整備されていて、そのあたりに日本サッカー協会のトレーニング施設「JFA夢フィールド」がありました。その奥には併設されるような感じで「幕張温泉 湯楽の湯」という温泉まで。

椎名 ああ、そのあたりは見かけたね。花見川の河口には新しいマンションがたくさん並んでいた。昔は遠浅の海だったんだけど、今はもう知らない街になっていたなあ。しかし我ながら元気な小学生だったんだな。あのあたりを毎日、走り回ってたんだから。

竹田 昔からある「幕張」という住所は実はもっと内陸で、京成線の京成幕張駅付近に「幕張町」として残っていますが、今や臨海がメインですもんね。幕張メッセはじめ埋立地にできた施設の大半は千葉市美浜区にある。

椎名 駅も幕張駅といえば今の海浜幕張(JR京葉線)ではなく昔は国鉄と京成だった。でもそれは俺たちみたいな地元の人の感覚なのかもな。

竹田 当時の国鉄「幕張駅」ができたのは1894(明治27)年で、京成の「幕張駅」は1921(大正10)年に開業しています。

椎名 意外と歴史はあるんだよ。

竹田 臨海エリアに話を戻しますが、“マサイ族”の舞台は花見川あたりですよね?

椎名 そうだね。花見川の河川敷には葦、アシともヨシとも呼ぶんだけど、背の高い多年草だな、その隙間から葦雀(よしきり)っていう鳥が「チャチャッチャ」と鳴くんだ。そんな景色をこの前、通って思い出した。

竹田 椎名さんの原風景かあ。今の整備された川からは想像つきません。

椎名 そうなんだよな。変わりすぎてちょっと寂しかったし、本当にここなんだろうか、と信じられない気持ちもあった。

竹田 海に出て遊んだりは?

椎名 もちろんしたよ。魚を釣ったり突いたり。

竹田 釣りしたんですか?

椎名 うん、好きだったな。河原を適当に掘るとイソメがうじゃうじゃいて、それを餌にしてハゼやボラを釣ったかな。

竹田 ちょっと待ってください。イソメ、大嫌いじゃないですか。

椎名 それが子供の頃はまったく嫌じゃなかった。

竹田 何が変わったんだろう。

椎名 例えば子供って蛇も怖くなくて追いかけて捕まえて振り回したりするだろ。

竹田 僕はそんな乱暴なことしませんけど。

椎名 それは無知あるいは好奇心からだと思うんだ。大人になって蛇には毒があるとか噛みつくとか知ると、怖くなる。知識が人の恐怖を生むケースだってあるんだろうな。

竹田 お言葉ですが、別にイソメは害がないじゃないですか。

椎名 あれは単純に気持ち悪いだろ。

竹田 それを言うと元も子もない。魚を突くっていうのは何を?

椎名 昔は花見川の河口はせいぜい膝下くらいしか水深がなくて、みんな検見川のほうに歩いて渡れたんだ。そのあたりで両手に銛をもってスキーのストックみたいに地面を左右交互にうわーって突きながら走っていくと、底にへばりついているカレイとか刺さったんだよ。

竹田 おお、いい獲物ですね。

椎名 でも注意しないといけないのはアカエイだ。時々、攻撃してくる。

竹田 注意するったって、無差別に海底を刺しまくって走り抜けるだけですよね?

椎名 ま、そうだな。

竹田 危ないですね。

椎名 うん、アカエイに刺されると最初はすごい痛いんだ。腫れて熱も出たと思う。でも2回目とか3回目はあんまり痛くなくなってそのうち、「いてっ、また刺されたよお」なんて笑うくらいになる。抗体みたいなものができるんだろうな。

竹田 楽しい話ですけど、アナフィラキシーショックのリスクもありそうなので、現代だと「あくまで個人の感想です。いい子はマネすんな」という注釈が必要かもしれないのでここで入れておきます。

椎名 あとは沖からの風、つまり南風が吹く日はカレイがよく獲れたな。

竹田 潮の関係なのかな。そういう知識ってどう覚えたんですか?

椎名 近所の年上の兄ちゃんたちが教えてくれるんだよな。今日は風があるから海に行こうとか。それを俺も同じように年下の子たちに教えてた。

竹田 そんな縦のつながりと活きた情報のやりとりは、今の子たちには機会が少ないのかもしれませね。

椎名 そうだなあ。学校や塾で勉強がたくさんできるのはいいことかもしれないけれど、ああいう遊びから知ることってずっと覚えていたりするからなあ。

竹田 先日は幕張の海岸と、あとは椎名さんの母校である幕張中学校にも寄っています。

椎名 感慨深かったな。いくつかの媒体で書くよ。

竹田 どのあたりですか?

椎名 東京新聞千葉版と、集英社のインターネット日記かな。

竹田 「過ぎし楽しき千葉の日々」と「失踪願望。」ですね。楽しみにしてます。

 

 

椎名誠:自称バカ旅サケ作家。2021年は新型コロナウイルスに感染するなど散々だったが「生ビールのありがたみを感じるステキな年でもあった」と語る。

竹田聡一郎:フリーライター。2021年夏から「椎名誠 旅する文学館館長」に就任。館長就任時の公約は「忘年会は生ビール飲み放題」であるから今月は乾杯。

旅する文学館 ホームへ