15杯目:その男、トクヤ

15杯目

「俺は300歳まで生きる」と常々、語っている。
東京都新宿区/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 8)

 

竹田 親分、てぇへんだ!

椎名 どうした? 河童にでも遭ったか。

竹田 ある意味、妖怪の話ですぜ。三日三晩働いてそのまま徹マンできる不眠不休人間、太田トクヤの店がついに12月から再開したんです。

椎名 お、ついにか。4店舗全部?

竹田 はい。新宿三丁目「池林房」、新宿東口「犀門」、同じく「浪漫房」と「陶玄房」、一斉再開です。12月1日に偵察に行ってきました。客入りはまあまあでトクヤ社長もご満悦でした。

椎名 いいことじゃないか。俺たちも行こう。

竹田 しかし、トクヤ社長は「酒の文化を殺す気かよう」とか文句を言いながらしっかりと、長々と続いた「都の要請」を遵守していましたね。

椎名 でも10月だっけ、緊急事態宣言が明けて酒の提供が大丈夫になっても彼は頑なに営業を再開しなかったよな?

竹田 そうですね。一度、そのあたりを聞いてみたんですけれど「酒を出すのは20時まで。そんなふざけた話があるか。20時なんて宵の口じゃないか。朝まで映画や舞台、音楽や文学について語り合える場所を作りたくて店をはじめたのに、そんな時間に閉めるようだったら開けないほうがマシだ」と怒っていましたね。

椎名 あいつはブレないよなあ、俺はそういうところを尊敬しているんだ。

竹田 本人に言ってあげてください。

椎名 それはまた今度。

竹田 椎名さんとトクヤさんって妙な関係ですよね。同学年で、もう約40年の付き合い。お互いがいないところでは「いいヤツだ」とか「あいつがいないと寂しい」とか言うのに、顔を合わすと「なんだバカヤロウ」とか「この強欲ジジイ」とかお互い悪態をつきまくっている。

椎名 俺たちはそういうもの、としか言いようがないよな。

竹田 今年は同時期に新型コロナウイルスに罹患しているんですよ。

椎名 そうだったね。

竹田 入院やその後の回復にちょっと時間を要しましたし、まあ、いずれにしても緊急事態宣言下でしたので、夏あたりはしばらく会ってなかったんですってね。

椎名 電話では少し話したりはしてたけどね。

竹田 トクヤさんは「椎名さんと付き合いがはじまってから、こんなに長く会わないのは初めてかもなあ」とおっしゃってましたし、椎名さんにも「トクヤはどうしてる?」と何度も聞かれました。仲良いなあ、と思って。

椎名 そういうわけでもないけどな。じいちゃん同士の友情なんて気持ち悪いだろ。

竹田 そう、まさにそれです。この前、椎名さんが雑誌と新聞の取材を受けたでしょう。特別に「池林房」を開けてもらって。

椎名 そうだったね。

竹田 あの時、シーナとトクヤは3ヶ月ぶりの再会だったんですよ。だから僕、ふたりが抱き合って号泣するんじゃないかと思って、野次馬根性で見に行ったんですよ。

椎名 号泣するわけないだろう。

竹田 そう。再会の瞬間も椎名さんが「しばらくだな」と片手を挙げた程度で。トクヤさんも「そうだね。元気でしたか?」と応じる。それだけ。

椎名 男の付き合いなんてそんなもんじゃないのか。

竹田 まあ、そう言われるとそうなのかもしれないですけれど。せっかくだから伺いたいのですが、トクヤさんのどんなところを尊敬しているのでしょうか?

椎名 うーん、難しい。でも一番は、ちゃんと人と対峙できるところじゃないかな。

竹田 詳しくお願いします。

椎名 客商売だからかもしれないけれど、彼は人を見る目に長けているんだよ。お客さんに対してもそうだけど、自分のところの従業員、若いアルバイトの子たちとも一人一人としっかりとした付き合いができている気がするんだ。

竹田 そうかもしれません。トクヤさんが若い連中を飲みに連れていって「こいつは役者の卵だから」と紹介してくれたことが何度もあります。

椎名 ちゃんと人の話も聞くしな。俺が「池林房」で取材を受けるのはそのあたりにも理由があるんだ。

竹田 ビール飲みながら、多い時は週3回くらい取材や打ち合わせなどをしている、椎名さんの「夜のオフィス」ですね。

椎名 トクヤは酒を飲む人間を何万人と見てきた。だから、そこでの振る舞いでその人の人となりが分かってしまう部分があるんだろうな。ほとんどの場合は余計な口を出さないけれど、ごくまれに「椎名さん、彼は無口だけどきっと真面目でいい編集者だよ。丁寧に付き合ったほうがいいですよ」とか、逆に「なんかその仕事はうまくいかない気がするなあ」とか言ってくれる。

竹田 それぞれ確固たる理由があるんですかね?

椎名 どうなんだろうな。直感の時もあるかもしれないけれど、彼のアドバイスが外れたことはあまりないよ。

竹田 へえ、初めて聞く話だ。逆にトクヤさんに「椎名さんのどこを尊敬してますか?」と聞いたことがあるんです。

椎名 30例くらい挙げていただろう。

竹田 1例、あるいは2例でしたね。「ちゃんと人にお礼を言って、あとは謝れるところ」だそうです。

椎名 それ普通だよな。

竹田 打ち合わせや宴会などをすると翌日に「昨日はありがとう。ビールうまかった」とか一言あるそうです。「どうしてもお客さんは『来てやっている』という意識があるから実はなかなかできない」とトクヤさん。あとは1回だけ、理由は忘れたけれど椎名さんと喧嘩になったことがあるらしいんです。

椎名 覚えてないなあ。

竹田 トクヤさんも「俺も理由は忘れた」とおっしゃっていました。でもお互いに酒が入っていて「そんなこと言うならもう店に来るな」「ああ来ねえよ」みたいな売り言葉に買い言葉みたいなのがあったらしいんです。でも翌日、冷静になると「そこまで言うことなかったな」と思わないでもない落ち着かない心持ちだったと。そこに椎名さんから「昨日は言い過ぎた。すまん」と電話があったそうです。

椎名 うーん、我ながらいいヤツじゃねーか。

竹田 トクヤさんはそれから「そうか、感情的になることがあってもちゃんと謝れば関係は修復できるんだ」と気づいて、従業員を叱ることはあっても、言葉が過ぎたなとか、言い方が悪かったな、という時は翌日にすぐその旨を自分で本人に伝えるようにしているんですって。

椎名 やっぱり謙虚でいいヤツなんだな、あいつは。

竹田 単純に羨ましいです。自分が70歳を超えて、尊敬できる、あるいは「てめえバカヤロウ」と笑って言い合える友人が近くにいてくれるのか。あまり自信がないです。近々、トクヤさんと麻雀もやりましょう。

椎名 あいつ最近、強いらしいな。

竹田 そうなんですよ。トクヤさんはちゃんと手作りを楽しむタイプですよね。きれいなアガリが多い。

椎名 うん。俺は「よしテンパった。リーチだ」みたいな感じだから対照的だよな。

竹田 だから椎名さんが変な待ちのカンチャンとか中膨れとかすぐツモるとイライラしてますよね。

椎名 俺、あいつに「そんな技術のない、運だけの麻雀」とか罵られるのが好きなんだよ。

竹田 相当こじらせたヘキですね。そういえば先日、久しぶりに朝まで麻雀しましたわ。

椎名 ひええ。あいつ勝った?

竹田 トントンくらいでした。始発が動き出す時間になりつつあったから「そろそろ残り何回か決めましょうか」と提案したんです。そしたら「12回!」って即答したんですよ。

椎名 え、12回?

竹田 トクヤさんの手口なんですよ。例えば「4回」と主張すると「多いっすよ。2回にしましょう」となって譲歩しないといけないから、最初からその幅を作って多めに言う。

椎名 不動産屋の手法だね。

竹田 まさに。結局、彼の目論見どおり12回から譲歩の4回が成立して、終わった頃はもう陽も高い朝9時でした。眠かった。

椎名 元気だなあ。

竹田 トクヤさんを見てると「ああ、俺もやんなきゃな」という気持ちになるので大切な存在です。とにかく「池林房」へ行きましょう。

椎名 そのまま麻雀やってもいいな。

竹田 何回やりますか?

椎名 18回!

竹田 椎名さんも同類か。あんたら長生きしますわ。

 

椎名誠:自称バカ旅サケ作家。2021年は新型コロナウイルスに感染するなど散々だったが「生ビールのありがたみを感じるステキな年でもあった」と語る。

竹田聡一郎:フリーライター。2021年夏から「椎名誠 旅する文学館館長」に就任。館長就任時の公約は「忘年会は生ビール飲み放題」であるから今月は乾杯。

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