11杯目:氷河でわしも考えた
海仁とケンタロー
東京都新宿区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
竹田 アイスランド本『アイスランド 絶景と幸福の国へ』が小学館から文庫になったんですね。
椎名 オリジナル版はナショジオ(日経ナショナル ジオグラフィック社)なんだけれど、そこの(齋藤)海仁と小学館の担当ケンタローがタッグを組んで編集してくれた。
竹田 雑魚釣り隊の実力派コンビですね。週刊ポストと、ナショジオ日本版サイト、副編集長コンビでもある。しかしこの写真は、それぞれ要職についているとは思えないバカ面ですね。
椎名 否定できないけれど、あいつら仕事はできるよ。きれいな装丁にしてくれた。
竹田 カバー写真は椎名さん撮影ですか?
椎名 そう。他にもいくつか候補はあったんだけど、デザイナーさんもいい使い方をしてくれた。アイスランドの景色をうまく活かしているよ。
竹田 2014年、フジテレビのドキュメンタリー『椎名誠のでっかい旅!』の完結編としての旅の取材紀行。同行した海仁さんにいろいろ話を聞いてきたんですけれど、椎名さんはたくさん写真を撮っていたとのこと。
椎名 あの時はニコンのDfを持っていった。楽しかったよ。
竹田 「風景はますますメリハリがついてフォトジェニックになるので気持ちがアセル」という一文も見つけましたが、撮りたいものが多かった?
椎名 そうだね。あんまり美しい写真は積極的に撮りたくないんだけれど、美しさに負けたよ。
竹田 美しい写真、いいじゃないですか。
椎名 美しいものって、「きれいだなあ」で完結しちゃうんだよね。
竹田 いけないんですか?
椎名 別に悪いことではないんだが、俺は写真を撮る時、今でもやっぱりアサヒカメラを意識しているんだ。もう癖みたいなもので。
竹田 20年超、連載していた『シーナの写真日記』ってことですか?
椎名 そうそう。そこで気づいたというか、俺がずっと考えていたのは、構図だったり光だったり、美しいを突き詰めると絵葉書になっちゃうってことなんだ。うまく言えないけれど、俺はできればそこから話が始まって欲しいんだよ。
竹田 なるほど。物語が潜んでいるような写真なんですね。例えば、その“アサカメ”の連載をまとめた『雨の匂いのする夜に』(朝日新聞出版)の表紙は、まさに何か生まれそうな写真と題字で飾られています。
椎名 うん、あれは自分でも気に入っているタイトルなんだ。ああいう世界が広がっていく写真をできれば撮りたいんだよ。
竹田 確かにこの『アイスランド』に収められている写真に「想像でいいからキャプションをつけろ」と言われると、すいすい言葉が出てくるようなものは多いかもしれません。被写体との距離感なのかな。生活がうっすら見えてくる。僕は民家の台所を撮った一枚が好きでした。旅と日常がちょうど溶け合っている。
椎名 いい意味で土地の生活が見えた旅ではあった。この本のテーマになってくるんだけれど、おそらくアイスランドはそこまで恵まれた国ではないよ。自然は厳しいし、物価も高い。でも被写体になってくれた人々、時には動物や魚までみんな穏やかに目の前の日々を過ごしていたという記憶があるな。
竹田 あんまり言及するとネタバレになっちゃうんですけれど、椎名さんは作中で「明日、水を飲めるだけでシアワセという人もいる。今日の食事のオードブルが嫌いだからつまらなかったという人もいる。私たちの生きる価値はそれらをどう自分で判断するか━━━だと思う」と書いています。これはすごく端的で興味深いですね。
椎名 幸せというものをどう認識するのかは、俺でもちゃんと考えたぞ。アイスランドは質素だけど暮らしの中にしっかり自然や隣人との対話があってみんな美しく生きている。日本はそこかしこにコンビニがあってタクシーがいつでも走っていて便利だよ。でも、雑多すぎるから人間関係が粗雑になっている。両国はとても好対照なんだ。
竹田 文庫のオビ(帯)にいる椎名さんの写真が、確かにちゃんと考えている感じですね。
椎名 これは「昨日、たくさんビール飲んだから痛風の発作が出ないといいな」という顔だな。
竹田 ビールもメシもうまかったですか? 海仁さんからは「椎名さんは帰国後もスモークサーモンスモークサーモンとうわごとのように繰り返して怖かった」との報告もあります。
椎名 スモ・サモ! あれはうまかった。コペンハーゲンの空港だけどな。アイスランドでも基本的にメインの食材は、鮭、鱈、狼魚、あとは羊が多かったけれど、どれもうまかった。
竹田 いいなあ。写真と食べ物の話題は楽しいけれど、昨今は渡航できないから辛くもあります。また、『でっかい旅』という意味ではシリーズファイナルを銘打っています。最後になるんですか?
椎名 そうだな。
竹田 文庫解説では海仁さんが過去の「でっかい旅」も含めた総括をしてくれていますね。ぐっとくる一節です。
椎名 海仁は酒を飲まないからどんな旅でも俺を観察してたんだろうな。彼の視点にはいつも助けられてきた。
竹田 そこまででっかくなくていいから、またどっか行きましょうよ。
椎名 行くのはいいけれど、長い時間飛行機乗りたくないからなあ。全自動麻雀卓つきのキャビンとかないのかな。
竹田 船だったらできるかも。
椎名 いいな。疲れたら寝ればいいんだもんな。暖かいところがいいな。ちょっと考えよう。
椎名誠:旅作家。大相撲九州場所で応援している力士は「技があるので、観ていて楽しい相撲をとる」という宇良関。
竹田聡一郎:フリーライター。最近、広島の胡椒がガッツリ効いた汁なし坦々麺にハマっている。3辛大盛り。セロリ増し。