8杯目:赤点落第下駄通学椎名少年勉強漢文中心

8杯目

中華料理の名前もシーナさんは好きらしい
東京都渋谷区/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 8)

 
 

竹田 椎名さん、学校の勉強はできたんですか?

椎名 なんだよ、唐突に。

竹田 先日、光村図書から絵本『そらと うみと ぐうちゃんと――きみたちのぼうけん』が出たじゃないですか。教科書に掲載された作品を抜粋してまとめたものですよね。

椎名 うん。沢野(ひとし)が表紙のイラストを真面目に描いてくれた。

竹田 素敵でしたね。それで、教科書に載る原稿を書く作家の成績はやっぱり良いものなんだろうか。ふと抱いた素朴な疑問です。

椎名 壊滅的に勉強はできなかった。よく卒業できたなと我ながら思っている。

竹田 ですよね。

椎名 ですよね、とはなんだよ。でもまあ、仕方ない。小中高とロクなもんじゃなかった。

竹田 ですよね。『麦の道』(集英社文庫)には高校入試験の時、校庭で焚き火をしたというロクでもない逸話が描かれています。実話ですよね?

椎名 そうだなあ。寒かったから。

竹田 すげえシンプルで短絡的な世界だ。でも、母校の市立千葉高校は今や名門校です。

椎名 そうなんだよ。何度か講演などをさせてもらったけど、みんな真面目で勉強できそうな生徒だった。

竹田 昔、校庭で焚き火してた、なんてとても言えないですね。

椎名 講演で言ったんじゃないかな。

竹田 それもすごいな。でも、椎名さんが通っていた頃はロクでもなかった、と。

椎名 俺はずっと下駄で通ってた。

竹田 バンカラだなあ。怒られないんですか?

椎名 「うるせえうるせえ」と反抗しながら通っていると、先生の中にも「椎名、お前、いつも下駄で気持ちよさそうだなあ」なんて認めてくれる人も出てくるんだ。

竹田 そういうもんなんですね。市民権を得る、というのは違うかもしれないけど。

椎名 剣道部の顧問だったな、確か社会の先生。

竹田 そこからシーナ青年の社会の成績がグングン伸び……。

椎名 ない。

竹田 ですよね。成績は悪かったんですね。

椎名 でも漢文は好きだったから、国語は悪くなかったと思うんだよな。

竹田 へえ、なんでまた。

椎名 漢文の先生は中国にルーツある人でさ、授業中に生徒を指名する時に独特の言い方だったのを覚えているな。「スィーナ、朗読してください」って。

竹田 それで好きになったのかな。好きな詩とかありますか?

椎名 白楽天が好きだったんだ。天に在りては願わくは比翼の鳥と作り、地に在りては願わくは連理の枝と為らん。というやつ。

竹田 すごい、まだ覚えているんですね。しかし、高卒の僕には分からないので、調べます。おお、長恨歌というのですね。なんだかロマンチックでもあり意外です。

椎名 漢字がたくさん並んでるのが面白かったのかな。

竹田 なんか繋がってくるんですけれど、椎名誠の存在を世に知らしめたエッセイ『さらば国分寺書店のオババ』(新潮文庫)あたりから、嵐山光三郎さんと並んでその軽いタッチでしたためた文体が「昭和軽薄体」と呼ばれるようになりました。

椎名 俺は当時『ストアーズレポート』というデパートの業界紙にいたんだ。そこで扱うのは難しい数字や堅い言葉ばかりだった。その反動もあって、もっとスポーツ新聞みたいに勢いがある文章を書きたかった。

竹田 具体的に「オババ」から引用すると「若年性糖尿病的もうわしらはどうなってもいいんだもんね的不安と危惧」というものすごい一節があります。

椎名 この「ー的」をはじめ「ー中心」っていうのは漢文というより、台湾とか香港に仕事や取材で行くようになって街のいたるところで見かけて、面白いなあと思って使うようになった。

竹田 漢字への興味みたいなものが高校時代から身体にはあって、それが海外で爆発したんですかね。

椎名 異国語ではあるけれど、なんとなく理解のできるものだからね。ただ、汽車には騙された。

竹田 汽車? SLとかですか。

椎名 そう思うだろ。汽車は中国語で自動車なんだ。鉄道は火車。俺は最初に台湾で見たんだけど、普通の街角で「中古汽車売買中心」みたいな店がたくさんあって「やっぱり外国はすげえなあ。電車の車両を中古で売ってるのか」と思ったからな。

竹田 漢字って、さっき椎名さんがおっしゃった「異国語ではあるけれど、なんとなく理解のできるもの」ではあって、5年前に我々はあや探のファイナルとして『さらばあやしい探検隊 台湾ニワトリ島乱入』(角川文庫)で、台湾の東、台東に行ったじゃないですか。

椎名 なーんもしない、贅沢な旅だったなあ。

竹田 そこに書かれているんですが、僕が単独でロケハンした時に「我求格安民宿大部屋専門ー」と筆談して宿を探すくだりがあるんですよ。

椎名 うん、ああいうのは適当に書いたほうが面白いから、書いてて楽なんだ。

竹田 でも文法やらそんなのすっとばしても、ある程度、通じる。それは中華圏といっていいのかどうかは分からないけれど、漢字の面白さですよね。

椎名 そうかもしれないなあ。だからこそ、俺は個人的に簡体字が好きになれないんだよ。

竹田 簡化字とも言いますが、ああいうのもグローバリズムの波なんですかね。

椎名 だからこそ、漢字固有のものであって文化なんだから守らないといけない気もするんだけどな。

 

椎名誠:放浪作家、写真家、映画監督、飲んだくれ。そろそろ新宿「池林房」で生ビールが飲めるだろうか。

竹田聡一郎:怪しい雑魚釣り隊副隊長、フリーライター。広島カープが弱くて悲しい。SSOK監督、お疲れ様でした。

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